2016-12-30

「掌の記憶」- 私のCancer gift –

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「掌の記憶」 - tenohira no kioku –

たとえば あなたやご家族が
ずっと大切にしてきた暮らしの品
心をこめて作った手しごとの品
心の中にある大切な記憶

いつかは消えてしまうかもしれない
けれども100年先にも遺して伝えたい
掌に触れてきた大切な品々や
あなたの記憶はありませんか?

「掌の記憶」はそんな記憶の欠片を
ZINE作家 michi-siruveが拾い集めて
和紙に綴じてお贈りする
小さな手づくりの本です

その土地 その家 その品に宿る記憶
そして心の中にある大切な記憶を
写真におさめ 言葉を紡ぎ 本に綴じる

本は2冊綴じ 1冊はお贈りして
もう1冊はmichi-siruveがお預かりします

手にとり眺めることのできる
掌におさまる記憶の欠片が
ふとした時に 過去の記憶や今を見つめ
未来へと続くみちしるべとなるように

掌から掌へと記憶をつなぐ
この「掌の記憶」を贈ります

(「掌の記憶」 -tenohira no kioku -より)

 

この「掌の記憶」-tenohira no kioku-の言葉を考えたのは、絨毛がんが寛解して1年が過ぎた2015年の夏のことでした。

29歳の終わりにはじめての妊娠と思いきや、2か月とたたないうちに育むはずだった命の種に体中を蝕まれ、どんどん転がり落ちてはじまった闘病生活。倒れて救急搬送され、緊急手術から意識が戻った日には入れ替わるように大好きだった祖母が他界して……生と死がオセロの裏表のように何度も裏返り、自分は生きるしかないんだとひたすらに耐える日々でした。流産をしたことも、祖母が他界したことも、がんになったことも悲しむ間もなく転がり落ち、何とか寛解した頃には体以上に心がボロボロという状況で、一息つく間もなく再発の恐怖と背中合わせの日々の中にいました。

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当時は再発することを当たり前に覚悟していて、せめて再発するまでに祖母の弔いだけはしたいと、自分の遺書のつもりで祖母の遺品を撮影して言葉を添えて和紙に印刷し、手製本で綴じていました。今思うとその時は生きている実感など持てぬままに死の気配だけをひたすらに感じていて、でも本を綴じている間だけはすべてを忘れることができて、綴じあがった本の存在だけが今日も生きたという証と安心感に変わっていたように思います。

その本がきっかけで遺品を綴じた作品展示もすることになったのですが、展示の反響とは裏腹に、その本を一番読んでもらいたかった祖母にはもう手渡すことができないという虚しさでいっぱいになっていました。

阪神・淡路大震災後間もない被災地に越した時の記憶、脳出血で寝たきりになった祖父との記憶、がんが分かって1年足らずで他界してしまった義祖父との記憶。今までの人生に影を落とす大きな喪失の記憶を辿るうちに「失われてしまう前に、今生きている人の記憶を預かり、人と人が繋がるきっかけになるような本をつくることはできないだろうか?」と思うようになり、ぐるぐると思いを巡らせながらはじめたのが「掌の記憶」でした。ちょうどその頃に縁あって『大阪保険医雑誌』に寄稿した「私が“記憶を綴じる”理由」には、こんな文章を綴っていました。

町から消えつつある記憶を綴じ、未来へと続く道標に変えていく。47都道府県分の記憶を綴じ終えたら、個展の形でその記憶を多くの人々に伝えようという、小さいながらも大きな夢である。

誰しもいつかはその生を終える。そしてそれがいつかは誰にもわからない。だからこそ私は、生きている限りは今日の生を綴じ続け、次の世代へ繋げていきたいと思う。

生きている人の本を綴じたい。その気持ちは確かにあったものの、今振り返ると「子どもを産む」ということが叶わなかった悲しみを乗り越えなければと「次の世代にのこる何かを生みだそう」と、必死な想いではじめた気持ちも大きかったように思います。2016年末までの1年間で21篇の本を綴じたというその数からもわかるように、とにかく立ち止まらずに出会いのある限り走り続けていました。

そんなごちゃごちゃな気持ちのままはじめた部分もありましたが、幸い「掌の記憶」の想いに共感して声をかけてくださる方々がいらっしゃって、関西だけでなく富山や広島、東京、宮城…と全国あちこちの町へ伺って一緒に時間を過ごし、その人の人生や心の内に触れる時間をいただきました。その出会い自体に大きな力をもらい、本を綴じる原動力になり、本がきっかけでまた出会いが深まり広がり、一つひとつの確かな出会いに救われていく自分がいました。

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そんな風に少しずつながらも“死”から“生”に気持ちが向くようになってきた頃、がん患者やその家族、友人が訪れて相談をしたり、想いを共有することができる施設「maggie’s tokyo」が日本で初めて東京にオープンすることを知りました。maggie’s tokyoについて調べるうちに、共同代表理事 鈴木美穂さんのインタビュー記事に出会い「Cancer gift(キャンサーギフト)」という言葉を知りました。「がんになったからこそ得られたもの」という意味だというその言葉を体現するように、闘病時の経験や記憶を原動力にまっすぐに突き進んでいらっしゃる鈴木さんの言葉に、同年代のがんサバイバーとして突き動かされるものがありました。

「がんになったからこそ得られたもの」闘病をきっかけに励ましも含めて色んな言葉に出会いましたが、自分が今無心に綴じて贈りつづけている「掌の記憶」はそれに当たるのかもしれないと、今までのごちゃごちゃがすっと落ち着いてふと腑に落ちた瞬間でした。失われる前に本に綴じることで、今のその人はもちろん、いつかその人が災害や病で苦しみや哀しみの淵に立つようなことがあってもささやかな拠り所になるような一冊を贈りたい。

自分が得たものであると同時に、そんな私から出会った人々へと贈りつづけるギフトでもある。そう思った時に、自分がやってきたことがつながって、また一歩進む力をもらいました。

小さな本を贈る。記憶の種を預かり、育てて苗を贈り返すような小さな活動ですが、それぞれの掌にあるその芽が確実に育っている手ごたえも感じていて。これからも生きている限りはこのまま、がんになった人にもなっていない人にも「出会った」という縁がつづく限り。一つひとつ丁寧に贈りつづけようと改めて思い、2016年のみならず2014年の闘病からの長い道のりの振り返りとして、ここに記します。

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michi-siruve (みちしるべ)

ZINE作家。“記憶”を小さな本に綴じています。「掌の記憶」豆本詩集『汀の虹』など。>>詳しくはこちら

Exhibition

2017  三条富小路書店(12/5-17)
2018 『汀の虹』展示 @blackbird books (1/16-28)

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