2016-12-27

心を綴じるということ

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ココロイシ

どうしようもなくふさぎこむと
海辺まで石を拾いに出かける

波打ち際に沈むハートの石は
その土地土地で長い年月をかけて
砕かれたり削られたりを繰り返しながら
自分だけの色やかたちを見いだして
掬い上げると色んなことを語りかけてくる

持ち帰った石を一粒ずつ見つめながら
自分の心の奥に沈む記憶を手繰り寄せるうちに
石の中におさめて本に綴じるようになった

石にココロをおさめる“ココロイシ”
おさめたり 眺めたり 手放したり
波打ち際の石のように
いつまでもかたちを変えながら

(「ココロイシ」より)

 

ココロイシを拾いはじめたのは、絨毛がんが寛解して1年ほど経った2015年夏頃のこと。その時期からふさぎこむことが増えていて、ふと思い立ってシーグラスを拾おうと鳥羽の海辺へむかったことがはじまりでした。

改めて記憶を辿ると、昔からふさぎこむと海へ向かう癖があって、学生の頃は家のあった山の手から市内の南端にあるヨットハーバーまで下り、ただぼうっと海を静かな夜の海を眺める時間に救われていました。

それでは足りずに、20歳を過ぎると飛行機でもっと遠くの海へ。自分が普段暮らしている土地に背を向けて、誰もいないような静かな海の境界に立ち、波風を肌で感じ、音に耳を澄ませて遠い先を見つめることで、心を落ち着けていたように思います。その頃から貝殻やシーグラスを拾って帰るのが習慣で、木の蓋がついた白い陶の四角い器に小さな箱庭をつくり、蓋を開けては覗きこんでいました。

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話を戻して2015年の夏のこと。がんの再発率が高い期間を何とか乗り越えようと、緊張の糸を張りつめつづけて過ごした1年がちょうど一区切り。安堵したのは1年を迎えたその日だけで、次の日からは「もう1年経ったのだから」と、逆に生きているだけで感謝される時間は過ぎてしまったような気持ちになり、どんどん自分を追い込むようになっていました。

がんになる前のかつての自分のように、むしろ生かされた分それ以上にというプレッシャーを勝手に感じていて。一方で心も体も色んな事情で元どおりにはできず、記憶の中の過去の自分と比べてはどんどんふさぎこむ日々。とりあえずまた海へ逃げて、とにかく綺麗なもの…シーグラスでも拾おうかと鳥羽まで出かけたものの、お目当てのシーグラスもほとんどない。波打ち際を歩きながらいっそうふさぎこんでいた時、ふと右手に触れたのがハートの形をした一粒の白い石ころでした。

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「ハートか。心か。ココロか」表裏とひっくり返し掌の上でその輪郭をなぞると不思議と少し嬉しくなって、もう一度足元を掬うとハートの石ころが出てくる出てくる。その時は「心にも色々あるよね」と軽い気持ちで持ち帰ったハートの石を綴じた『SEA HEART』という豆本を制作し、THE TOKYO ART BOOK FAIR 2015でお披露目。それ以降も拾いつづけたハートの石が100粒集まったことを区切りに『ココロイシ』 -mini book – として、心の移ろいのように寒色から暖色のグラデーションになった蛇腹豆本も綴じました。

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でも、綺麗な心の粒を集めて標本のように綴じたところで、それは自分の外側にあるもの。ただ集めたものを“おさめただけ”だったその本には今まで綴じてきたような本の力はなく、寛解2年を過ぎた2016年の秋頃にはいっそうどうしようもなくふさぎこむ状態になっていました。

そんな時に出会ったある人からもらった「本当は、自分なんじゃないかな?」という投げかけがきっかけで、ふと今の自分が一番綴じる必要があるものは何なのだろう?と立ち返る機会をもらいました。

心に空いた穴を埋めるように人の記憶を預かり本を綴じつづけていたけれど。本当は整理の仕方もわからずに心の奥に沈めていた自分の心の記憶がたくさんあって。まずは「闘病」というすべてがひっくり返ってしまった記憶と向き合い直して、一つずつ掬いあげて一度きちんと言葉を編み、石(本)の内側に綴じこめてみようと制作したのが『ココロイシ』という本でした。

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さっと手にとりページをめくると、ハートの石の表と裏がひたすらにつづく石の本。実際は全ページが片観音になっていて、“石(ページ)の内側”に言葉を綴じこめることができる仕様になっています。それぞれの石を見つめて、心の奥を見つめて、何か重なるものがあった石の内側にだけ、言葉をおさめる。空白のページもあれば言葉がつづくこともあり、言葉をおさめた後に読み直しても綴じたままでもよし。心の整理がつけば言葉を手放してもよし。自由なかたちで、本の包容力と綴じる過程の力に助けをもらったその本は、前作の標本とは明らかに違っていて。11月の展示では一番多くの方々が熱心に覗きこみ、時に涙を流し、思い思いに心を重ねてくださいました。

そんな一年半ほどの道のりを経て形になった「ココロイシ」ですが、まだまだ道の途中。2017年も石を拾い、ココロをおさめ、のんびりとつづけていきたいと思っています。

最後にZINE『ココロイシ』の最終ページ、一番思い入れのある石に綴じこめた“心を綴じる”という言葉を、ここに添えて結びとさせていただきます。日本一たくさんの種類の石が打ち上げられると言われている新潟県の糸魚川海岸(ひすい海岸)で拾い上げた、不思議な色を秘めた石におさめた言葉。

“心を綴じる”ことについてはまだまだ答えはなくて、きっとこれからも旅をつづけて上書きしながら探しつづけるように思いますが、2016年11月の言葉としてここに記します。

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心を綴じる ということ

“心”というものは本当にわからない
わからないながらも自分の真ん中にあって
すべての源なのだと 漠然と思う

私が本を綴じる軸にしている
“記憶”というものは その心の中にあって
温度や色味を与えているような気がしている

“記憶”というものは記録とは違っていて
正しいものではなかったり変わってしまうこともある
そんな曖昧なものでも 曖昧なまま綴じることで
はじまり 生まれることもあって

それが結果的に 心につながり 心がつながる
そんな可能性もあるようなきがしていて
まだまだどうなるかはわからないけれど
心のために 記憶を綴じつづけたいと思う

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michi-siruve (みちしるべ)

ZINE作家。“記憶”を小さな本に綴じています。「掌の記憶」豆本詩集『汀の虹』など。>>詳しくはこちら

Exhibition

2017  三条富小路書店(12/5-17)
2018 『汀の虹』展示 @blackbird books (1/16-28)

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