2016-06-06

mémento-mori

memento-mori

mémento-mori

「死」というものを
はじめて意識したのは 10歳の春。

生まれ育った町を離れて越した
震災直後の多くのものが失われた町で
失われたものが何なのかも掴めぬまま
自分には何もできなくて
せめて土足で踏み込むことのないようにと
その輪郭の外側をそっと通りながら
15年間を過ごしました。

mémento-mori という言葉に
出会ったのはその翌年の春。

「花 -Mémento-Mori-」という曲を聴いた時
mémento-mori は「死を想え」という
意味だというようなことを耳にして
それが被災地で自分が感じていた
見えない死の気配に繋がっている気がして
ずっと頭の片隅にありました。

対にある「生」の輪郭を
ようやく掴んだのは 24歳の秋。

私が高校3年生の時に倒れ
7年間寝たきりだった
祖父の死を目の前にしてはじめて
生きることの輪郭に触れました。

そしてその生と死のあわいについて
考えるようになったのは29歳の冬。

初めての妊娠がわかった2か月後
絨毛がんという病を患い
授かったはずの命の種が変異し
あっという間に身体中を蝕まれました。

その私が緊急手術から目覚めると
身代わるように祖母が他界して
オセロの裏表のように 白黒と返る
生と死を目の当たりにしながらも

抗がん剤が効いて寛解し
もうすぐ2年が経ちます。

生かされた私に何が遺せるだろうか?
死に目に会えなかった祖母への弔いのために
祖母の遺品と記憶を手づくりの本に綴じると
また別の記憶も預かり綴じるようになりました。

大きな自然災害や事故、病気。
人の命の儚さを目の前する度に
自分に何ができるのか問いながら過ごす中で
今の自分ができることとして
「本を綴じて贈る」ことをはじめました。

過去の記憶、今の想い
形のあるもの、ないもの。
お預かりした写真とことばを見つめながら
共有し、次の世代に繋げる1冊を贈りたい。

自分なりのmémento-moriをこめて
掌の記憶をお贈りしています。

*「掌の記憶」より

michi-siruve (みちしるべ)
“記憶”を綴じるZINE作家。「掌の記憶」を綴じながら、日本のまちを巡っています。>>詳しくはこちら
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