2017-02-01

私と、支えてくれたもの

2月4日のWorld Cancer Dayに向けて、日本テレビでは「生きるってスゴイ。がん新時代へ」というテーマで様々な番組でがんに関する特集がはじまり、本社ロビーやWebの特設ページでは「私と、支えてくれたもの」という写真展が開催されています。そしてこの写真展、私もがん経験者の一人として参加させていただきました。がんを患ってからもうすぐ3年。がん経験者としてこういったアクションに参加したのは初めてのことで、自分にとってはとても大きな一歩でした。

支えてくれたもの、人、ことば。今日までの日々で無数にあって、とても選びきれないほど。それでも写真展用にひとつ選んだのは、主人が学生の頃から大切にしているMr.ChildrenのCD&DVDコレクションからこっそり借りてきた「掌/くるみ」のCDです。(棚からこっそり持ち出したこと、主人にはまだ打ち明けられずにいますが……)

振り返るとがん闘病中、特に入院中はそれまでの人生で築いてきた自分のアイデンティティをすっかり見失い、がん患者という言葉に喰われてしまいそうな時期があって。そんな時、忘れていた「自分」という存在を呼び覚ましてもう一度踏んばる力をくれたのが、それまでの人生で友人や主人と聴いてきた、過ごした時間の中で流れていた音楽でした。

今でも思い出そうとすると心がざわざわするような、入院中の記憶。運び込まれてすぐの手術で、術後の痛みを堪えながら抗がん剤治療。薬が効くほどに溶け出すがんの死骸を受け止める日々は、部活や仕事ととにかく全力で走り続けてきた自分でも相当に堪えるものがあって。病院スタッフの皆さんや家族の心遣いを感じる中でも、ベッドに横たわりながら耐える時間は本当に孤独で、自分だけが「生きる」というフィールドから外されてしまったような疎外感に押し潰されそうになっていました。

吐き気で食べることも寝ることもろくにできず、一週間先の治療薬が変わるかどうかもまったく見えなかった闘病期間。もう頑張れないという言葉が頭をよぎったとき、ふと心に流れた曲があって。かろうじて手元にあった携帯からYouTubeにアクセスして昔観たライブの動画を再生すると、一曲一曲聴くたびに忘れていた何かがわきあがってくる感覚がありました。

曲そのものはもちろん、学生時代まるまると今日までの思い出が詰まったそれぞれの曲には、発売された年のことや聴いたときに感じた光や音、ジャケットのビジュアルやライブの熱気、五感に響くさまざまな記憶が幾重にも重なっていて。当時の自分は確かに元気だったという記憶、ともに聴いていた友人や主人の存在、あの時は踏んばれたという感覚がたくさん沁みこんでいました。何があっても唯一変わることのない自分の足跡、弱った心に確かに響くその音楽に何度も奮い立たされて、ぐっと踏んばり治療を乗り切ることができたように思います。

退院してから、治療というサポートを離れて寛解に至ってからはいっそう拠り所がなくなっていったところもあって、かつての自分、断ち切れてしまったさまざまな営みや人間関係、言葉にできない気持ちまでもを、ただひたすら音楽を聴きつづけることで、少しずつ一つずつ、その響きにつなぎなおしてもらったようにも思います。

またもう一度同じ場所に引きずり戻されたら……ふとした時によぎるこの不安に対して、また踏んばるぞと言える自信はとてもありませんが。隔たりの中で空っぽになっても踏んばる力をもらえるものや、外側で見守る人たちとそのうちにまた共有することができる思い出。そんな大切なものをひとつでもたくさん手の中に持つことが、がんという果てのない孤独の中で踏んばるひとつの力になるんじゃないかと、今振り返ると思います。

そんなこんなで、私のこの3年間のあらゆるものをつなぎとめ、つなぎなおしてくれたのは間違いなくMr.Childrenの音楽で、それがなかったらどうなっていたことやら。

阪神・淡路大震災後の被災地で初めて「花 -Mémento-Mori-」を聴いて、言葉にならない想いを重ねた11歳の春からもう21年近く経ちますが。その頃からずっと同じ時を過ごしてきた主人や友人たちとまた笑って聴くことができているしあわせ、何よりずっと奏で歌い続けてくださることの有り難さを噛み締めながら、これからもずっと聴き続けることができたらいいなというのがささやかな願いです。

そしてそして、ここからもう一度生き直し。今でもふと目覚めると、今生きていることが夢なんじゃないかと思うこともありますが……そんなふらふらしたことは言わずに、今日まで支えてもらった思いやりや経験の中で感じたことを一つずつ拾い集めて、ここから確かに生き直すということ。そして同じように生きている人たちの今を、確かなものとして本に綴じて贈ること。儚いもの、忘れて見失ってしまうものを言葉と写真でとらえて、ただただ静かに本に綴じていきたいです。不安なことも多いですが、今より少しだけ前に言葉を投げては拾いながら、歩みを進めていけたらと思います。まずはここから、ここから。

ikiru03

michi-siruve (みちしるべ)
“記憶”を綴じるZINE作家。「掌の記憶」を綴じながら、日本のまちを巡っています。>>詳しくはこちら
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