2016-12-21

『ZINEと、記憶と、掌と』

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『ZINEと、記憶と、掌と』

掌の記憶」がきっかけに出会いが広がる中で「どうしてそんなことはじめたの?」とよく聞かれるようになった今日この頃。これが中々一言では説明しきれないところがあり、コンテンツ「本にこめる想い」で少しずつ綴ってきてことを中心に纏め直して綴じてみました。各ページの文章のみ、こちらにも掲載いたします。

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1.手づくりの本。

“ZINE作家”として、ZINEを綴じています。といっても、売るための本を作っている訳ではなく、多くの人に届けたい想いがある訳でもなく。ただただ、日々儚く消えてしまうもの ― 人のやまちの記憶を拾い集めて、言葉と写真におさめて、掌におさまる本に綴じる日々。「ひとかけらでも、のこせたら」と依頼主の暮らす町に伺い、記憶を預かり綴じて贈る。そんな営みを静々と続けるZINE作家です。

「なんでそんなことはじめたの?」とあまりによく聞かれるので、ちょっと綴じてみました。

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2.本が抱くもの。

本の虫ではないけれど、本に触れることが好き。記憶を辿ると、母が毎年綴じていた分厚い家族アルバムが、最初のお気に入りでした。正確には“アルバム”の類だけれども、凝った写真組みに、いつか成長した私に向けられているような母の語りが添えられていて、今でいうZINEのようなもの。自分の記憶を確かに留めてくれているその本をひらく時間は、生きてきた足跡を辿る時間でした。

綴じ手の気持ちをこめて作られたもの。確かにそこにあり、いつでも手にとり触れることのできるもの。そして光に触れ、空気を吸いながら、色褪せたり触れた跡がついたり、経年していく時間をも綴じこんでいく本に触れ続ける中で、本の“時間”を抱く力のようなものに、無意識に惹かれていたのかもしれません。

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3.喪失と、本と。

「本をつくろう」という大きな動機となったのは、2つの喪失体験。
1つは、10歳の春に阪神淡路大震災直後の町へ越し“なくなる”ということを目の当たりにしたこと。もう1つは17歳の春、新聞社に勤めていた祖父が突然倒れて寝たきりになったこと。一瞬の揺れであらゆるものが失われた土地、一夜を境に表現する術を失い、何も伝えることができなくなった祖父。

なくなって初めて気づいた「在った」ことの儚さ。誰しもが失って初めて気づくそれを目の前にした時に、それでも「在り続けていた」のが本の存在で。本に綴じていけば、何とかできないだろうか?本を使って、いつかは失われてしまうものをのこしていけないだろうか?とぼんやりと考えるようになったのでした。

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4.なんで、ZINE?

「本づくりの修行」と銘打って学生時代は書店で働き、卒業後は営業職として印刷会社に転がり込み、編集部の担当者から生産工場の担当者まで頭を下げ続けて、全国の書店にずらりと並ぶようなカタログの進行管理。“紙からWebへ”の流れが激しくなると、敵陣Web業界にも潜り込んでみたり。紙であることの意味を掴み始めた頃に絨毛がんで生死の縁に立ち、運良く寛解。ぐるりとまわって“おまけの人生”の生業としてはじめたのがZINEでした。

理由は簡単で「明日も生きている」という確信が持てなくなったから。自分のできる範囲では何の制限もなく、綴じるものに相応しい紙と仕様で「綴じたい」という気持ちをすぐに形にして届けることのできるそのスタイルは“おまけの人生”にはぴったりでした。

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5.思い出を、綴じなおす。

ZINE作家として活動をはじめる前に作った『9728』『9720』という2冊のZINE。主人と私が生まれてから結婚するまでの日々を、両親が撮りためた写真に私たちの語りをつけて振り返ったものでした。母のアルバムへの返信として贈ったこのZINEが、とにかく色んな人の手に渡る、渡る。

改まって気持ちを伝えたり、記憶を共有することがあまりない得意でない日本人でも、間に“本”が1冊あるとできてしまう変化が面白くて、もう少しそぎ落とした写真絵本のような形に再編集してPhotoback Award 2013にエントリー、最優秀賞に選ばれたのが『母のまなざし』でした。日本のあちこちと台湾でも展示されたこの小さなZINEが“記憶を綴じる”本づくりのはじまりです。

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6.整理するために、綴じる。

次に綴じた『かぞくのことば』はがん闘病の記憶を綴じたもの。緊急搬送・手術から抗がん剤治療まで目まぐるしかった日々を客観的に振り返り、整理して掌の中におさめることが一番の目的でした。
とりわけがんとなると、家族のコミュニケーションがまだまだ閉じられている今日この頃。余白をもった本を媒介に、多くの人が心の内にしまっている記憶を共有できないだろうか?と、家族から届いた“メッセージ”の画像に、患者として心の内で感じた言葉を添えて、がん患者と家族の関係性を36ページにおさめました。手にとると「実は私も…」という方々が、普段は語らないという闘病の記憶を共にすることが続き「本を手にとり共有すること」の可能性を改めて感じた1冊でした。

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7.みんなで、振り返る。

次に綴じたのが、私のがん闘病中に他界してしまった、大好きだった祖母の遺品を綴じた『otomo.』3部作。“遺品らしくないZINE”をテーマに、カタログのように祖母の暮らしの品を並べ、人柄や昭和の日本の暮らしがすいて見えるように。和紙と和綴じで仕上げて国内外で展示販売すると、家族の記憶を語る人から、昭和の暮らしの品に惹かれる人まで様々で、遺品という個人的なものも、綴じて共有することができるという発見になりました。
制作の裏側に触れると、闘病明け間もなくはカメラを構えることもできず、携帯のカメラで1枚撮っては横になりの繰り返し。90歳の祖父までアシスタントで駆り出して家族皆で遺品を並べ、記憶を重ねながらの制作自体も、意味のあるひと時でした。

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8.掌におさまる、蛇腹の本。

小さな写真が縦に連なり、パラパラと捲り記憶を辿る蛇腹の豆本。その豆本をはじめるきっかけになったのが、淡路島の骨董店 小豆堂さんの10周年誌の依頼でした。過去10年間で旅立った骨董の写真を綴じることはできないか?と預かった小さなサムネイル画像約1,700点は、5cm角の豆本にするのがやっとの大きさ。「しっかりと見える」状態には至らない粗い画像ながらも13巻に分けて綴じ、THE TOKYO ART BOOK FAIRで展示をしてみると、意外にも足を止めて手にとってくださる方の多いこと。掌の中の世界を覗き込んだり、蛇腹の連なりを活動寫眞のように楽しんでくださったり。

気軽に手軽に持ち運ぶことができる“掌におさまる本”だからこそできることもあるかもしれない、というヒントになりました。

 

9.掌から、掌へ。

2015年の秋からはじめた「掌の記憶」。依頼主の暮らす町を訪ね“大切な記憶”の宿る暮らしの品や場所を写真におさめて話を伺い、後日掌におさまる小さな本に綴じて贈るというもので、制作するのは原則、依頼主の手元と、私の手元で2組だけ。手にとった人の掌から掌へ、2組の本で記憶をつなぐ試みのようなものです。

「本をつくること」そして「手にとり共有すること」。本づくりの周辺にいる人なら誰でも触れているそのプロセスを、本づくりからは離れた人々にも一緒に楽しんでもらいながら記憶を集めて共有していこうという小さな試みですが、気が付くと1年で20篇。掌から掌へと小さな記憶の欠片が少しずつつながりながら、新聞に載ったり展示のお声がけをいただいたり、じんわりと広がっています。

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10.預かり、綴じて贈る。

預かり、綴じて贈る。とりわけ、大切な記憶を預かるという形をとっている「掌の記憶」を続ける上で大切にしているのがこの言葉。祖母のZINEを綴じて間もない頃「これは“編む”というより“綴じる”だね」と、編集者の先輩がかけてくれた言葉がきっかけでした。

書籍の編集、つまりは“編むこと”を生業にしているその方にとって、編集とは「伝わるようにわかりやすくする」こと。私のようにありのままをのこすために極力“綴じる”に留めるという行為は、編集の一部分に留まっている状態ですが。きちんと編集という工程を経てこそ形になるものや美しさもあれば、綴じるという範囲に留めるからこそ立ち上がってくるものもある。それも踏まえて“綴じる”という道を示してもらった言葉でもあるのです。

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11.記憶の呼び水、としての本。

そんなこんなで“記憶を綴じる”なんて大きなことを言っていますが、どんなにたくさんの記憶を預かっても、本自体に綴じこめることのできる記憶はほんの一握り、ひとかけら。“記憶の呼び水”にすぎませんが、気軽に作り、持ち歩くことができるZINEが掌から掌にわたることで「こんなもの作ってもらったのよ」「あれもあったね、これもあったね」と人がつながり、記憶を共有していくことが広がっていったら嬉しいなと思うのです。

綴じ手としては、とにかく1冊ずつ、綴じ続けること。種を預かり苗木を育てて植えるように、記憶を預かり本に綴じて贈る。そんな本づくりをたのしみながら「ZINEと、記憶と、掌と」を大切に続けていきたいと思います。

『ZINEと、記憶と、掌と』

2016年10月15日発行
写真・編集 michi-siruve
http://michi-siruve.com

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michi-siruve (みちしるべ)
“記憶”を綴じるZINE作家。「掌の記憶」を綴じながら、日本のまちを巡っています。>>詳しくはこちら
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