【Report】「記憶のアトリエ」 in 東京

ういケアみなとさんの講習室の窓から

「記憶のアトリエ」in 東京 – がんサバネットの会員のみなさんと –

2025年2月8日(土)11:00~14:30まで、NPO法人日本がんサバイバーシップネットワーク(がんサバネット)さん主催の会員限定交流会「お鍋のじかん」@ういケアみなとの会場で、本づくりの体験ができる移動アトリエ「記憶のアトリエ」をひらきました。

オンラインから対面の交流へ

がんサバネットさんは「がんの影響を受ける人が、つながり、生きる喜びを実感し、自らの力を蓄えられるような交流の場を」という言葉のもと設立されたNPOで、患者さんはもちろん、ご家族、医療者・支援者の方も含めてさまざまな体験をもつ方々、全国各地から集い交流を重ねています。わたしもがん経験者の会員としてイベントに参加したり、HPやSNSの更新、チラシの作成などを時々お手伝いをしています。

今回のアトリエ開催のきっかけとなったのは、コロナ禍の只中だった4年前の2021年9月のこと。「思うように遠くに行けない今だからこそ、忘れられない旅の記憶や身近な大切な場所について語り合いましょう」と企画された第3回がんサバネットオンラインカフェ「My Favorite Place~あなたをとっておきの心の旅へ」でした。

出演者の一人として参加し、michi-siruveの本づくりの活動や「記憶のアトリエ」についてもご紹介する機会があり、その時イベントの進行を務めてくださいたがんサバネット代表理事の高橋都さんから「いつかがんサバネットでもアトリエがひらけたら」とお声がけいただいていました。

それから4年。都さんと少しずつご相談しながら開催のかたちを考え、会員限定のメルマガで会員のみなさんへご案内をお送りしました。

地域にひらかれた場所で設える、安心して過ごせる空間

今回のメインイベント「お鍋のじかん」は、2024年1月から毎月第3水曜日の夜に開催されてきた会員限定のオンライン交流会。

季節が一周し、2025年は「オンラインだけではなく対面でもお会いしたいね」ということになり、東京・港区立がん在宅緩和ケア支援センター「ういケアみなと」さんの講習室にて、オンラインと同様に出入り自由でお好きな時間に覗いてお過ごしいただける、ゆるりとしたかたちで企画。その会場の一角でわたしが普段病院や地域でひらいている「記憶のアトリエ」という本づくりの移動アトリエもひらき、手ぶらでお越しいただいても本を読んだりつくったり、ゆるやかに過ごすことができる空間をつくることになりました。


数日前から各地で続く大寒波に心配が募りましたが、幸い当日の東京は雲一つない青空。これまで開催した大学でのミニアトリエ「記憶のアトリエ」 in 川越などでも度々アトリエ開催のサポートしてくださった、がんサバネット理事の儀賀理暁さんにもサポートいただき、何とかういケアみなとさんまで辿りつくことができました。

会場は築80年以上になる歴史ある建物。高い天井と白く静かな空気に、歴史を抱いた趣とリノベーションされた心地よさがともにある心地よい空間でした。壁一面の大きな窓の向こうで揺れる木々の緑もとても気持ちがよく、これは窓を見ながら過ごせるアトリエにしたいなと。壁一面に道具や素材を並べて、本づくりが出来る島をひとつ、お茶をしながらおしゃべりができる島をふたつ、窓に向かってつくりました。

都さんもご自宅にある大きなクロスやお茶セットを持ち込んでくださり、お茶の島はすっかりカフェの雰囲気。

会場常設の機材をコート掛けで目隠ししたり、椅子を間引いたり散らしたり、机の角度や感覚を細かく調整したり。設えに手をかけると、設営も撤収もよりみなさんの手助けが必要になりますが、そのような小さな工夫の積み重ねが、安心してお過ごしいただける余白とリズムをつくってくれるのだといつも実感します。今回もみなさんの助けがあって、何だか少しほっと落ち着くようなアトリエ空間をつくることができました。

アトリエの様子

設えが整ったところで、ちょうど開始時間の11:00。14:30頃までのほんの数時間でしたが、案内をみてお越しくださった会員のみなさんだけでなく、ういケアみなとの職員さんも時々のぞいてくださり、はじめましてとおひさしぶりが混ざりながら静かであたたかな交流のひとときとなりました。

持ち寄ってくださった美味しいものや作品、近況を分かち合ったり、おしゃべりをしたり、アトリエの素材を覗いてみたり、少し手を動かしてみたり、休憩したり。みんなで輪になって語り合う「茶話会」でも、みんなで同じものを作りながら時間内に完成させる「ワークショップ」でもない、「お鍋のじかん」のようなアトリエの時間のような何でもない時間。

ほんの数時間、お茶をのんだり本や素材を見つめたりしながら一つの部屋で過ごしただけですが、みなさんの心にある大切な人たちとの大切な記憶を一緒に覗かせていただいたり、いろんなことをぽつぽつ語り合ったり、また明日から生きる力を蓄えられたような気がします。

当日交わしたものや綴られていたことの詳細はここには綴りませんが、アトリエの空気のおすそわけとして、許可をいただき少しだけ撮影した手製本の一部の写真を共有させていただきます。

それぞれの時間、安心して表現できる空間

アトリエの景色としては、ふっと浮かんだ大切な人との記憶を綴るための手製本を選んでくださった方、家族と一緒に綴じますと手製本を持ち帰ってくださった方、お手元にある記憶の欠片も集めてじっくり綴りますと持ち帰ってくださった方、10年の節目に綴りたいと教えてくださった方……それぞれの想いとペースで、表現の種を集めて持ち帰ってくださっていたのが印象的でした。

これまでアトリエにお越しくださったみなさんが寄付してくださった綺麗な紙片や押し花、シールやシルエット素材などがあってこそ呼び水になった記憶や表現もたくさんあったように思います。

誰かがアトリエに残してくださった大切な記憶が、次の誰かの大切な記憶の呼び水になり、重なり響き合ってゆく。そんな豊かな表現に立ち会う度に、このアトリエがいっそう大切なものになってゆく気がします。

「みんなで、その日に完成」をゴールにして、自分の中から種を掘り出して芽を出して花まで咲かせなくても、誰かの種を借りながらでもいい、種のままでも咲かせなくてもいい。

「かたち」や「結果」が見えづらい設えですが、分かりやすく見せることを優先させるよりも、お越しくださるみなさんにとって無理のないかたちで、それぞれの時間の中で育むことを大切にできる場でありたいなと、今回あらためて感じました。


また今回に限らず、アトリエにお越しくださった方から「安心」や「素直」ということばをいただくことがあります。

アトリエで一番大切にしていことでもあり、その難しさと日々向き合い続けていることでもありますが、お越しくださるみなさんが何らか感じてくださるアトリエならではの「安心」や「素直」があるとしたら、それはきっと「アトリエをひらきたい」とご依頼をくださったみなさんのそこに集う人たちを想う気持ちなのだろうなといつも思います。

そこに、これまでのアトリエに参加し「もしよかったら次のアトリエで使ってください」と押し花やシールや紙片などの大切な記憶の欠片を寄せてくださったみなさんの気持ち、そして当日集ったみなさんがお互いの気持ちを大切にしようと居てくださることが重なって、ようやく守られるもの。

それはほんとうに、ささやかでもかけがえのないことだといつも思います。今回もあたたい時間をつくってくださったみなさん、これまでの過去のアトリエでぬくもりの欠片を託してくださったみなさんのおかげさまで、この場をお借りしてあらためていつもありがとうございます。

また、アトリエでは毎回、会場までの行き帰りや設営・撤収含めて、参加者のみなさんに助けていただいています。そのサポート一つひとつにも感謝の気持ちを忘れずに。でも、これからもご依頼をいただく限りは、できることを重ねていきたいと思います。

アトリエを終えて関西に戻ってしばらくした頃「次のアトリエで使ってください」と素敵な千代紙やカードをいただきました。このお気持ちと紙片たちが、きっとまた次のアトリエにお越しくださるみなさんをあたたかく迎えてくれると思います。大切に届けますね。この場もお借りして、お気持ちを本当にありがとうございます。


最後になりましたが、この日みなさんがアトリエから持ち帰ってくださった記憶の種や表現の種が、それぞれの手の中や過ごす時間の中で少しずつ育まれ、いつか本の中で花ひらくことを願っています。

そしていつかまたどこかで再会し、育んだものを分かちあえたら。毎回毎回、感謝の言葉は綴り足りませんが、今回アトリエの時間をともにしてくださったみなさん、本当にありがとうございました。

またどこかで、お会いできたらうれしいです。

「記憶のアトリエ」について