【Report】「掬することば」 @関西学院大学 人間福祉学部 人間科学科

関西学院大学 人間福祉学部 人間科学科 藤井美和先生のゼミ生のみなさんと

2025年12月、母校でもある関西学院大学 人間福祉学部 人間科学科 藤井美和先生のゼミで、講義とミニアトリエを担当しました。

12月9日(火)は「掬することば」〜「わたし」をみつめ、分かちあう〜というテーマで、学部の卒業生として在学中からその後の人生についてのお話を。翌週の12月16日(火)は「大切なもの」をみつめるというテーマでミニアトリエをひらき、学生のみなさんがこれまでの日々を振り返りながら、ご自身の「大切なもの」をみつめて綴じる本(ZINE)づくりの時間を。

2つの時間を通して「大切なもの」をみつめ、分かちあうひとときを一緒に過ごしました。

学生のみなさんと、「大切なもの」をみつめる時間を

関西学院大学 人間福祉学部は母校であり卒業した学部です。在学当時は社会学部 社会福祉学科でしたが、藤井先生が担当されていた「死生学」の講義は当時からあり、わたしも大学3年生の春学期に受講していました。

藤井先生との出会いと再会については2019年2023年にゼミへお伺いした際のレポートにも綴りましたが、大学卒業後、29歳で妊娠・流産からのがん治療という体験をしたわたしにとって、死生学の講義を通してみつめ・考えたことや、そのいのちの旅を導いてくださった藤井先生の存在は、がんになったそのあとの日々を生きてゆく大きな支えとなりました。


治療に区切りがついた4年後、人間福祉学部の式典で藤井先生にご挨拶し、学生時代に受講した死生学の講義ががんに罹患したそのあとを生きるみちしるべになったという感謝の気持ちをお伝えする機会に恵まれました。

卒業から10年近く経ち、ほとんどはじめましてに近いご挨拶だったのですが、ゼミ生でもないわたしにも本当にあたたかいことばをかけてくださり、その後わたしの作品の展示にもお越しくださいました。

そして、翌年の2019年には藤井ゼミの時間にお声がけいただき、卒業生の一人として在学中から卒業後に歩んできた人生についてがんの体験も含めてお話する講義と、普段わたしが病院や地域でひらいている本づくりのアトリエを体験していただくZINEづくりのワークショップという2コマを預かり、ゼミ生のみなさんとそれぞれの人生や「大切なもの」をみつめる時間を過ごしました。

緩和ケア医の儀賀理暁さんもお招きして

「ぜひまた来年も」と小さな約束を交わした翌年から感染症が流行し、しばらくはお会いすることも難しい状況が続きましたが、2023年の秋に4年ぶりとなる講義とアトリエが実現。2024年は藤井先生が1年間渡米され、ご帰国された2025年にまた講義とアトリエのご依頼をいただきました。

3回目となる藤井ゼミのみなさんとの時間。まっしろな気持ちで今年の時間を迎えられたらと、まずは過去2回の講義とアトリエの様子をまとめたレポートや藤井先生とのメッセージのやりとり、学生のみなさんからいただいた感想を読み返すところからはじめました。

そして今年の学生のみなさんがゼミの時間でみつめてこられたことなどもお伺いし、藤井先生がお一人おひとりを大切に思う気持ちを受けとりながら「どんな時間をご一緒できたらいいのだろう?」と自分なりに考え「いつも以上に一人の卒業生として、一人の人間としての歩みや考えてきたことを素直にお伝えできたらいいな」と思うようになりました。

また今回は、わたし個人の視点から体験をお伝えするのではなくもう少し立体的に……まわりで見守り支え、生きる力をくださった人たちの存在や、その人たちと一緒に過ごしてきた時間・交わしてきたものについてもお伝えできたらと、人との関わりの中で死生をみつめながら生きてきた日々のことをより丁寧にことばにしました。

この部分はわたしの一人語りよりも、伴走してくださった方のあり方と一緒に学生のみなさんにお届けできた方がよいかもしれないと、この4年医療や教育・芸術といったさまざまな学問の汀で協働を重ねてきた緩和ケア医の儀賀理暁さんも上ヶ原キャンパスにお招きして、儀賀さんとの協働も含めて学生のみなさんにお伝えしました。

表現しづらいこと
わかちあいづらいことを

「なかったこと」にせず
「このわたし」を認めあい
立場をこえて分かちあいたい

2025年のいま、人間福祉学部の卒業生として学生のみなさんに手渡したかったのはこの想いだったように思いますが、お渡しすることができたでしょうか。

当日分かちあったことの一部として、スライドも少しだけ置いておきます。

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「掬することば」72枚のことばと石たちと

今回、講義のはじめに学生のみなさんの「大切な誰か、大切ななにか」を掬するみちしるべになればと、儀賀さんと制作したZINE『掬することば』にちりばめられた72枚の「ことば」と、がんの体験を綴ったZINE『ココロイシ』で使用したハート石展示し、講義がはじまるまでに気になることばや石をひとつ選んでいただくという時間を持ちました。

そのことばにこめた意味も、ハート石の背景もお伝えせず、ただ「なにかひとつお選びください」というはじまり。みなさんが選んでくださったことばや石をみつめながら、どんな想いでそのひとつを選んでくださったのだろうと想像しながらお話の時間のはじまりとなりました。


また、今回の講義では「無理のない範囲でお互いの様子を感じあいながらお話できたら」と、みなさんのお力もお借りして教室の真ん中に机をつなげて一つのまるい円をつくり、講義の中で紹介するさまざまなご依頼から生まれた誰かの「大切なもの」たちが綴じられたZINEも1冊ずつお渡して分ちあいながら時間を過ごしました。

ほんの少し、ちょっとした違いなのですが、普段の教室のスタイルよりもみなさんの近くでゆるやかにつながりながらお話できたように感じました。


お話の内容としては、前半は一人の卒業生としてこれまでの体験をお伝えするために、被災者の家族・友人、患者家族、そして自らも患者としてさまざまな「いえなさ(言えなさ・癒えなさ)」を感じ、抱え、引きずりながら過ごした10代の日々のこと。わたしが「からっぽ」になったと感じたほどの3つの体験についてお話しました。

その体験から関西学院大学へ進学したものの、自らが当事者として抱えていた想いは打ち明けられなかったこと。福祉専門職への道は諦めたものの「先生のような人でありたい」と思える3人の先生方との出会いがあったこと。卒業後、自分なりの死生との関わりを手製本の制作に見出したこと。初めての妊娠・流産からのがんの治療を経験し、子どものいない人生を歩むことになったこと。今でもことばにできないことも少なからずありますが、何かしら共有できることを願いながらお話を続けました。

明るい体験とはいえない影の記憶にも陽をあてて、一緒に分かちあう。わたしの体験を共有するというよりは、その時間を通してみなさん「わたし」……一人ひとりがご自身の心の中やこれまで、いま、これからをみつめるみちしるべとして手渡していくような時間でした。

「大切なもの」~藤井ゼミでのZINEづくりの記憶~

そして後半は、藤井先生との再会や、この数年で藤井ゼミの学生のみなさんと一緒にみつめてきた「大切なもの」の記憶を、藤井先生と一緒に振り返りました。

過去2回のゼミでのアトリエの写真を何枚かご紹介しながら、藤井先生や卒業生のみなさんが綴られていた「大切なもの」の記憶を一緒にみつめるひととき。写真が浮かぶたびに、その時間を一緒に過ごしてくださった藤井先生が当時のことを振り返りながらお話してくださり、あの時間をみなさんと一緒にもう一度感じるあたたかな時間が流れました。

写真の様子から、一人ひとりが綴じていらっしゃった「大切なもの」の色合いや輪郭を想像する、そんなひとときとなりました。

立場をこえた協働の足跡 ~患者と医師という立場をこえて~

そして最後に、緩和ケア医の儀賀さんと共同制作した歌やZINEを紹介しました。

わたしのがん体験を綴った詩を読んだ儀賀さんがメロディをつけ歌にしてくださった「ココロイシ」「汀の虹」という2つの抒情歌。「“いえないいたみ”を抱えたわたしが、緩和ケア医の儀賀理暁さんとみつめたことばたち」というテーマで、歌の制作も含めたさまざまな協働の過程で交わしてきたことばの記録をまとめたZINE『(きく)することば』の一節の朗読なども交えてお話したり。

「医師と患者という立場をこえて」と小見出しをつけるとたいそうなものになってしまいますが、立場をこえて、ただ人と人として「大切なもの」を表現しあい、分かちあうことで和らぐものや育まれるものを、わたしが実感した範囲でお伝えしました。「独り」では難しくても「誰かと」ならみつめられるもの。ささやかですがお贈りできていたらうれしいです。


その後は儀賀さんも交えて学生のみなさんとフリートークの時間に。

死生学を学んでいる学生のみなさんにとって、病院の中で緩和ケア医として患者さんやご家族、そして院内外の専門職のみなさんとともにいのちと向き合う医療の専門職の方とお話できる機会自体も、貴重な時間だったのかもしれません。

それ以上に儀賀さんが「専門職」と感じさせないくらいにふわっと居て、きいて、声を交わしてくださることで生まれる「ここではなにを言っても大丈夫」「どんな気持ちでも、どんなあなたでも大丈夫」という空気や、その空気に包まれる安心感のようなものも、一緒に体感できたように思います。

学生のみなさんからも素直な感想や問いなどをいただき「ここにいるみなさん」と、静かに分かちあったひとときとなりました。綴り残したいくらいたからもののようなことばもたくさんいただきましたが、そのことばたちはあの日一緒に過ごしたみなさんとのたからものとして、心の中にそっとしまっておきたいと思います。

「わたし」をみつめ、分かちあう

とても濃密だったようであっという間に過ぎてしまった90分でしたが、一緒に過ごしてくださったみなさんにとってはどのようなひとときだったでしょうか?

愛おしい、うれしい、伝えたい、かなしい、くるしい、いえない(言えない・癒えない)、いえる(言える・癒える)…みなさんの心に浮かんだものは本当にそれぞれにいろんなものがあったかと思いますが、どんな色合いのものも「大切なもの」として、あの日の記憶として一緒に大切にしてゆけたらと思っています。

また、講義の前後にも先生方や大学院生のみなさんとも本当にたくさんのお話ができ、卒業してもこのように「大切なもの」を分かちあうひとときやつながりに恵まれていることに、感謝の気持ちでいっぱいになりました。

関西学院大学の卒業生で本当によかったと思いますし、学生時代に藤井先生と出会えたこと、そして卒業から18年経った今も先生や学生のみなさんとこうして一緒に過ごすことができて本当にしあわせだなと思います。そんな気持ちで満たしてくださった学生のみなさん、藤井先生、そして関東からお越しくださった儀賀さん、本当にありがとうございました。

最後にこの季節ならではの大好きな母校の景色を添えて、講義のレポートの結びとさせていただきます。

※アトリエの様子は次のレポートをご覧ください。