【Report】フォーラム「時代が回る その中で~時が癒してくれるもの、くれないもの」登壇

2025年3月15日(土)NPO法人日本がんサバイバーシップネットワークさんの設立4周年記念フォーラム 「時代が回る その中で~時が癒してくれるもの、くれないもの」にて、がん経験者として登壇する機会をいただきました。

がん診断後の時の経過の中て、自然に心が癒されることは少なくありません。
けれども、時が流れても心が決して癒されないこともあります。
あの時、感じた悲しみや喪失感は、時が癒してくれたのか、くれないのか・・・。
今回のフォ ーラムでは、碁調講演者としてご自身もがんを罹患された「がんを生きる緩和ケア医」、大橋洋平さんをお迎えし、がんサバネット会員も交えてそれぞれの体験をもとに出演者が語り合います。この機会にぜひご参加ください。


がんサバネットさんは「がんの影響を受ける人が、つながり、生きる喜びを実感し、自らの力を蓄えられるような交流の場を」という言葉のもと設立されたNPOで、患者さんはもちろん、ご家族、医療者・支援者の方も含めてさまざまな体験をもつ方々、全国各地から集い交流を重ねています。わたしもがん経験者の会員としてイベントに参加したり、HPやSNSの更新、フライヤーの作成などを時々お手伝いをしています。

今回は登壇に加えてフライヤーの制作もご依頼いただき、今まで出会ったさまざまなご経験・お立場のみなさんの顔を想い浮かべながら、がんの当事者(患者・家族・医療者支援者)になってからのそれぞれの「時」を持ち寄り、分かち合う時間を持てたらと、時計をモチーフに制作しました。

当日は、会場とオンラインのハイブリット開催で、北海道から沖縄まで80名近くの方が参加してくださったそうです。

第1部の大橋さんの基調講演からはじまり、第2部のパネルディスカッションでは「過ぎ行く時の中で思うこと」というテーマで、大橋さんと、がんサバネット会員でありがん経験者の先輩でもある上野さんと村本さん、司会の高橋さん、会場やオンラインでご参加のみなさんと一緒に語り合いの時間でした。

フォーラム内の語らいはその時間の中のものなのでここで触れることは控えますが、経験や立場をこえて、癒してくれるものも癒してくれないものもどちらも同じようにまなざし、わかちあうひとときをご一緒できたこと、その時間が与えてくれる力を改めて実感するようなひとときでした。


以下は、個人的な振り返りとして。

今回「過ぎ行く時の中で思うこと」の話題提供のひとつとして「いえなさがいえていく」という題で、罹患から11年の時の経過を7分間という時間できゅっとまとめて振り返るという機会をいただきました。

これまでもがん経験者としていろんな場所でお話する機会をいただいた、「いえる(言える・癒える)」「いえない(言えない・癒えない)」ことについての体験が中心でしたが、登壇者のみなさんとの打ち合わせや参加者のみなさんからの事前のコメントを受けとる中で、また一つ磨きをかけたまるい表現としてみなさんに手渡すことができたように思います。
(スライドの一部を、少しだけ置いておきます)

スライドの一部はこちら

そして、フォーラムの中でも「出会いなおせた」印象的な出来事として一つだけ。

基調講演の中で大橋さんが「数える」という行為についてお話してくださいました。

あの日から、今日で●●●●日

そういえば、昔「今日で何日目?」というのが調べられるサイトを使って、日にちを数えたことがあったなと。第1部と第2部の休憩時間にそのサイトにアクセスして、最初に思い浮かんだ日を節目にした日にちを数えてみると「4031」という数字が浮かびました。

がんになってからは周囲との「時」のずれや社会からの「時」の圧のようなものに随分くるしんで、「時」というものには少し後ろ向きな気持ちを重ねがちだったのですが、自分で決めた節目から今日まで重ねてきた「時」を数えるというのは後ろ向きにはならなくて、何だか勇気づけられるような。

思わず隣に座っていらっしゃった上野さんと村本さんにもお尋ねして、お二人がぱっと思い浮かんだ「あの日」をお預かりして入力して、サイトに浮かんだ数字を見つめながら、その日を選んだ動機や今日まで積み重ねてこられた日々を想像しました。

日付と数字。たったそれだけのことですが、大橋さんと上野さんと村本さんとわたしのそれぞれの日付と数字をメモした紙には、不思議な重みがあって、その数字を心に留めながら第2部の時間を過ごしました。

フォーラムもその後の登壇者のみなさんとの振り返りの会も全然時間が足りませんでしたが、宝物のようなまなざしや言葉をたくさんいただいた時間でした。一緒に過ごしてくださったみなさん、本当にありがとうございました。


フォーラム翌日、自宅のアトリエの本棚から2冊のZINEを引っ張り出しました。

『9728』『9708』という2冊のフォトブック。わたしがmichi-siruveとしてZINEの活動をはじめる数年前、結婚の節目にわたしと夫の両親に贈るために制作した世界で2冊だけのフォトブック形式のZINEです。1冊はそれぞれの両親の手元に、もう1冊は我が家にあります。

それぞれの数字は両親のもとに生まれてから結婚式の日までの日にちで、フォーラムの休み時間にひらいたサイトを使って数えました。本には生まれてから結婚までの思い出の写真と、その時々を振り返りながら両親へ伝えたい想いを添えて、結婚式の最後にそれぞれの両親へ渡しました。

特に夫の両親がこのZINEをとても喜んでくれて、式の後に親戚にも見せてまわっていたり。その後それぞれの両親が「ZINEを交換しましょう!」と交換して読みあっていたり。そんな風にそれぞれの家族が歩んできた日々を交換したことが絆となり、わたしががんになった後も両家協力して支えてくれたり、治療後も回復しないわたしでも受け入れて大事にしてくれていて、今日のわたしがあります。

久しぶりに自分が両親に贈ったZINEをひらくと、扉には15年前、25歳のわたしが両親に宛てたこんなメッセージが綴られていました。

言葉にすると、重みがなくなってしまうこと
言葉にしなくても、本当はちゃんと伝わっていること
小西家にはそんな想いがたくさんあるとは思いますが
巣立つ今日の日くらいは、言葉にさせてください

おとうさん、おかあさん、今までありがとう

その後の15年を想うと、この言葉がいろんな意味で胸につまってしまう自分もいるのですが、そんないろんな気持ちも抱きしめながら、また今日から積み重ねていきたいと思いました。

そんなことを思い出すきっかけをいただいたという意味でも、フォーラムに参加できてよかったです。

いえるもの、いえないもの、これからも抱えながらの日々ですが、みなさんと一緒に時を重ねてゆけたらうれしいなと思います。本当にありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。

おまけのこばなし

会場の、みんなの視線を独り占めできるくらいに自信満々に掲げられた大きな時計が随分マイペースだったようで、開始時点で数分遅れていて、フォーラムが終わる頃には数十分くらい?微妙に時を進めていたとかいないとか??

止まっていた訳でもなければ、規則正しく遅れていた訳でもなく、絶妙にゆっくり進んでいた時計君。まるで『モモ』のカシオペイアみたいな「ゆっくり、進む」がほんとうになった不思議な時計でした。

登壇が苦手なわたしは時計君のマイペースっぷりに気づかず終わっていたのですが、その不思議な時計が「今日のフォーラムのテーマにも、ふじたさんにぴったりだった」と声をかけてもらい、何だかうれしかったです。

これからも、自分の「時」を大切に生きます。