【Report】「記憶のアトリエ」in 静岡

2018年5月27日(日)10:00~16:00まで、 静岡県内の病院に隣接する場所で、第1回目の「記憶のアトリエ」をひらきました。

病院で治療を受けられている方々や、地域のがん患者さんやご家族、ご友人が過ごすことができるこの場所は「訪れた方が大切にしたいことを大切にできる場所でありたい」という想いのもと、がんになり孤独や戸惑いの中にいる患者さんや家族、ご友人が気軽に訪れ、安心して話ができ、自分の力を取り戻せる場所として毎週水曜日にオープンされています。

ヨガやアロマテラピー、カフェ・デ・モンクなどさまざまな専門性を持った方を招いたプログラムも開催されていて、わたしは執筆していた日本看護協会出版会さんのWebメディア「教養と看護」の連載「まなざしを綴じる」で紹介していた記憶を綴じるZINEづくりの取り組みに興味を持ってくださった看護師さんからのお声がけで、来訪された方々が本を読んだりつくったりしながら過ごすことができる本づくりの移動アトリエ「記憶のアトリエ」をひらくことになりました。

アトリエをひらく前、お声がけくださった看護師さんと一緒に一度訪れました。木の扉がひらくとそこにはあたたかな木の温もりにしっかりと守られ、柔らかな陽が射しこむ広く静かな空間がありました。

高い天井と一面に広がるガラス窓。一日の時間の移ろいや季節の変化を感じることができ、その向かいには一面に本棚があって、さまざまな想いの綴じられた本に触れることもできます。

この場所は、がんを経験した人や家族、医療者などがんに影響を受けるすべての人たちが訪れ利用できる場所として英国からはじまったマギーズセンターにインスパイアされて立ち上げられたそうです。実際に英国のマギーズセンターも訪問し、その空間や在り方、提供されているさまざまなプログラムにも共感し、日本のこの町で暮らす人たちにとってちょうどよい形を探りながらもはじめられたとのこと。

そのなかでも「大切にしたいものを 大切にできる場所」という想いのもと、来てくださった方々の心の奥にある「大切にしたいもの」を一緒に見つめながら共有してゆくかたちを探っていらっしゃったそうで、「大切な記憶」を綴じる活動に関心を寄せ、声をかけてくださったという経緯でした。実際にZINEにも触れていただきみなさんの想いを伺いながら、一度アトリエをひらくことになりました。

「記憶のアトリエ」は本づくりの移動のアトリエです。やってくるのはわたし一人と豚革のトランクにおさめられた小さな本、本づくりの道具と素材だけ。あとはその場所にあるものをお借りして、その場に来てくださった方々と過ごすひとときを大切にしています。

この場所では大きな木のテーブルと、本棚の棚板や収納箱をお借りして設営。誰かの“大切な記憶”を綴じたさまざまな本に触れることのできる「記憶の湖 -kioku no mizuumi-」、今年の1月にblackbird booksさんで行った『汀の虹 -migiwa no niji-』の詩と花の展示。そして本づくりの素材と道具をならべて自由に本づくりができる「記憶のアトリエ」の3つのエリアを設け、展示や本づくりから少し離れてゆっくりと過ごすことができる空間もつくりました。

設営中は病院の看護師の方々も、お忙しい合間にのぞいてくださいました。展示している本を1冊ずつ手にとりながら、ご自身が普段感じていらっしゃることを語り合う声を聴きながらの作業。

遠い町で暮らしている誰かのとても個人的な“大切な記憶”が綴じられた1冊から、読み手の心の奥にある想いが語られてゆく。その瞬間をともにできる有難さを設営中から感じて胸がいっぱいになりました。

午前中は展示を中心に、カーテンもひらいてオープン。人が途切れることなくさまざまな方々がご来場くださり、本のある空間で皆さまそれぞれに語り合ったり読み入ったり、ゆっくりお過ごしくださる姿が印象的でした。

病院の医師や看護師の方々も娘さんと一緒に来てくださり、娘さんたちはアトリエスペースで自由な発想で創作。「おとうさんいつもありがとう」余り紙として保管していた紙片が、誰かへの想いが添えられた「贈りもの」に変わってゆく様子をまわりの大人もあたたかく見守っていました。

そして午後から本づくりの時間。がんを経験された方々や看護師さん、薬剤師さんなど、それぞれの想いを胸に7名のみなさんがご参加くださいました。

ご家族のお写真にその方の言葉を添えておさめていた方。当日思い浮かんだ想いを文章にして綴られていた方。水溶性クレヨンの色をじっと見つめて直感で絵を描いていかれた方。さまざまな色柄の便箋からご自身の記憶につながるものを選んで言葉を添えていた方。色紙とはさみ一つで美しい富士山を本に浮かべていた方。本の最初から最後まで一本の糸でつなげていかれた方。大切なものへの想いを1ページずつ綴られていた方……みなさんご自身のまなざしで今までの人生を見つめなおし、思い思いに素材や道具を手にとり、真っ白な本の余白にご自身の“大切にしているもの”綴ってゆく。その時間に立ち会えたこと、そしてその過程で語られていた一つひとつの声は、参加者のみなさん、スタッフのみなさん、そしてわたしの心にも響きあっていました。

みなさんご自身にとって区切りの良いところまで。綴じ終える前でも感じられたことがたくさんあったようで、1冊の本という「ご自身の手で一筋の流れをつくる」作業が持つ力も再確認できたひとときでした。きっと持ち帰られた本が完成して、読み手となり、誰かに手渡し、時間を重ねていくうちに本と過ごす時間がくれるものもたくさんあると思います。

「完成したら持ってきます!」と嬉しいお言葉もたくさん。ご協力いただける方の手製本は複製して本棚にアーカイブしていくことにもなり、すでに数冊がこの棚にやってきました。ここで紡がれたお一人おひとりの“大切にしているもの”がこの本棚に少しずつ重なり、その1冊がまた誰かの“大切にしているもの”を見つめるきっかけになる。そんな風に育まれていくと嬉しいなと思います。

スタッフのみなさん、そしてお越しくださったみなさん。他にもたくさんの方々のサポートがあって今回実現した「記憶のアトリエ」。忘れられない一日となりました。

また年内を目処に、アトリエがひらかれる予定です。その時に完成した本、そして今回お会いした皆さんに再会できること、そして次回来てくださる方々との出会いをたのしみにしています。

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