淀川キリスト教病院 市民公開講座「がんとよりよく生きるために」登壇

2026年1月31日(土)淀川キリスト教病院市民公開講座で、がん体験者としてお話する機会をいただきました。


あまりオープンにはしていませんでしたが、淀川キリスト教病院との関わりはかれこれ8年ほど。がんの治療後4年経った頃、いろんな想いから病院内にいる必要性を感じ、病院内のがんサロンのボランティアとして患者さんやご家族のお話をおききしたり、サロン以外の院内のさまざまな場所でも活動しながら病院を訪れるみなさんやそこで働くみなさんの日々と関わる時間を過ごしてきました。

古巣の仕事にフルタイムで復帰してからは平日の活動が難しくなり、平日のサロンにいられるのはお盆くらいになってしまいましたが、8年も経つと職員のみなさんとも少しずつつながりができて、院内の研修会で毎年がん医療に関わるみなさんにがんの体験をお話する役目をいただくようになり、市民公開講座での登壇にもお声がけいただけたという経緯でした。


今回の市民公開講座のテーマは「がんとよりよく生きるために」~医療者とがん体験者が語る、がんと共に豊かに歩むヒント。罹患から12年近く経った今でも患者として「がんとよりよく生きる」術はまだ見つけられていないというのが正直なところでしたが、がんになった「わたし」を生きる、生きてきたという体験であれば少しはお話できるかなと。

「がんになった「わたし」を生きる」~助けを得ながら歩んだ11年のこと~というテーマで、そもそも淀川キリスト教病院にくるきっかけとなった「ふたりの先生」が執筆された本…関西学院大学在学時に専攻していた死生学の先生だった藤井美和先生と藤井理恵先生のご著書『たましいのケア 病む人のかたわらに』と、社会人時代に編集・ライティングの先生だった青山ゆみこ先生のご著書『人生最後のご馳走 淀川キリスト教病院 ホスピス・こどもホスピス病院のリクエスト食』のことからはじまり、病院内でのボランティアで重ねてきた時間も含めて、等身大の体験談をお話しました。

ベースとなる患者人生の歩みや、その過程で痛感した「いえなさ(言えないから癒えていかない)」は、いつもの体験談とも共通しますが、市民のみなさん向けということもあり、医療者向けの研修会で伝えなければいけない治療の詳細な経過などを省けた分、より「人として」の等身大の気持ちや体験をスライドにすることができたように思います。

誰かを勇気づけられるような前向きで希望に満ちた体験談ではありませんが、今もどこかでいえなさを抱えてる誰かと分かち合えるものがあることを願いながら、スライドも少しだけ置いておきます。

スライドの一部こちら

ひとつ前の講演「埼玉医科大学 次世代のがんプロフェッショナル養成プラン 2025年度、第1回緩和ケアセミナー ~ケアの流儀を探しに~」でも触れましたが、最近の講演では、緩和ケア医の儀賀理暁さんから教えていただいた「聴す(ゆるす)」ということばをスライドに入れて、きいてくださるみなさんに手渡すようにしています。

「聴く(きく)」という行為は
「聴しあう(ゆるしあう)」ということが成立した時に
微かにそこに存在するもの

わたし自身が「聴す」ということを理解し実践できているという状態にはまだまだ届かないのですが、罹患から12年の体験を振り返ると、同時の自分にも今の自分にも必要なことは「このわたし」を「聴す」…認める、認めあう、ということのような気がして、今年はこのことばのもと、出会ったみなさんと考えていきたいという想いもあって入れているのですが、やはりみなさんことのことばに反応して、感じたことを伝えくださることが多く、儀賀さんからいただいたことばの力を感じています。

そのような大切なことばを、お越しくださった市民のみなさんや病院の職員のみなさんとも分かちあうことができ、わたしにとってもとてもかけがえのないひとときとなりました。お聴きくださったみなさん、本当にありがとうございました。2026年も、一つひとつのご依頼に精一杯向きあいながらできることを重ねていきます。