2019-01-11

「虹色」#掬することば

Flowers 「アジサイ」×「コアラファン」(2017.07 花店note)

 

2月4日の「World Cancer Day」に向けて。豆本詩集『汀の虹』の詩を、1日1篇ずつ置いています。5篇目は「虹色」です。


「もう大丈夫」

執刀医だった当直の先生が、それまでとはまったく違う声色で一言かけてくれたのは、手術後何時間経ったころだったのか。

2014年3月3日の夜。腹腔内からの大量出血で倒れたわたしは、その日の朝に駆け込んでいた大学病院に救急搬送され、そのまま止血手術を受けました。出血元は子宮外壁の動脈で、その量1.2リットル。

当直の先生がたまたま腹腔鏡の専門医で、術前のCTですでに両肺の病変も判り、できる限り早く抗がん剤治療が開始できるようにと腹腔鏡手術からのスタートになったそうです。運よく止血もでき、翌日からは抗がん剤治療がはじまりました。

手術前後の記憶は、一晩の出来事とは思ないくらい長くて、寒くて、痛くて。びっくりするくらいに灰色の記憶。色がまったく思い出せません。流産手術の後から倒れる前まで、どんどん体調が悪化していた頃の記憶もほとんどないし、色もない。

ようやく意識がしっかりしてきたわたしを見て「もう大丈夫」と声をかけてくれた先生の声は覚えているけれど、それでも色が思い出せません。

「初めて色を取り戻したのは、いつだったのだろう?」と、記憶を辿って浮かんだのが、自分の両手に滲んでいた紫色の跡でした。そのときも両手にはあちこち管が刺さっていたのに、すでに何かが抜かれたであろう紫色の跡がある。

注射なのか、点滴なのかもさっぱりわからないけれど。誰かがわたしの命をつなぐために刺してくれて、そのおかげで今生きているのだろうという跡。

変化のない灰色の病室の中で、唯一、緑、黄緑、黄色、橙と色を変え、自分の肌の色に戻ってゆくその虹色は、わたしにとって「まだ生きている」という証そのもの。今までの人生で、「死」というものを一番傍で感じた瞬間に、初めて近くに感じた虹色の記憶でした。

その手を写真におさめておきたくて、夫に「カメラを持ってきて欲しい」と頼みました。倒れたあと、一番最初におさめたのがこの手の写真です。でも色をおさめる気持ちにはなれなくて、ラフモノクロームというアートフィルターをかけておさめていました。

にじ【虹】
雨上がりに、太陽と反対方向の地表から空にかけて現れる7色の円弧状の帯。空中の水滴によって太陽光が分散されて生じる。外側が赤、内側が紫の主虹(第一次虹)のほかに、離れてその外側に、色の配列が逆の副虹(第二次虹)が見えることがある。

[補説]現代日本では一般に、赤 (せき) ・橙 (とう) ・黄 (おう) ・緑 (りょく) ・青 (せい) ・藍 (らん) ・紫 (し) の7色と考えるが、時代や文化により認識される色数は異なる。
(デジタル大辞泉)

いろ【色】
1㋐光の波長の違い(色相)によって目の受ける種々の感じ。原色のほか、それらの中間色があり、また、明るさ(明度)や鮮やかさ(彩度)によっても異なって感じる。色彩。
㋑染料。絵の具。
㋒印刷・写真で、白・黒以外の色彩。
2 人の肌の色。人の顔の色つや。
3㋐表情としての顔色。
㋑目つき。目の光。
4㋐それらしい態度・そぶり。
㋑それらしく感じられる趣・気配。
㋒愛想。
5 (「種」とも書く)種類。
6 華やかさ。華美。
7 音・声などの響き。調子。

㋐情事。色事。
㋑女性の美しい容貌。
㋒情人。恋人。いい人。
9 古代・中世、位階によって定められた衣服の色。特に、禁色 (きんじき) 。
10 喪服のねずみ色。にび色。
11 婚礼や葬式のとき上に着る白衣。
12 人情。情愛。
(デジタル大辞泉)

『汀の虹』のみちしるべ 
『汀の虹』は、がんによる孤独の中で握りしめていた“ことばの欠片”を道標に制作しています。握りしめていた“ことばの欠片”の大半は、それまでの人生で大切な人から贈られたことばや、何度も触れた本や音楽、映画のことばでした。

そこからことばをひとつ手にとってはタイトルとして置き、心の奥に沈んだ治療前後の記憶を一つずつ掬い上げ、重ね綴っています。この本や歌、映画の中にあることばや情景をみちしるべにしていたような…という作品のタイトルだけ、最後に添えていきます。(以下、敬称略)

「虹」
Mr.Children『蘇生』

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