「数える」#掬することば


Flowers 「アジサイ」×「ブベツセンス」×「コアラファン」(2017.8 花店note)
2月4日の「World Cancer Day」に向けて、豆本詩集『汀の虹』の詩を、1日1篇ずつ置いています。8篇目は「数える」です。
緊急止血手術の際に再掻爬した細胞の病理検査の結果「絨毛がんである」ということを告げられたのは、入院して2週間目。夜の病棟の小部屋で、主治医代理の先生から説明を受けました。
抗がん剤治療は2クール目にさしかかり、副作用の吐き気にくるしんでいた頃。すでに子宮と卵巣に病変を認め、両肺にも星屑のように結節が散らばっていた状態でした。妊娠からたった2ヶ月で、がんは血流にのって広がっている。その状況はかなり堪えました。
誤解を生まないように添えておくと、絨毛がんは抗がん剤治療による寛解の見込みが高いがんだそうです。でも、とても珍しいがんです。さまざまな確率からこぼれ落ちて、がんという底まで転がり落ちてしまった当時のわたしは「まずは寛解を目指しましょう」ということばをかけられても、「がんが寛解する」というイメージはまったく描くことができませんでした。
今後可能性のある治療薬の変更や副作用などの説明を受け、他に質問はありませんか?と尋ねられたとき、わたしの口からこぼれたのが「それで、あとどのくらいで死ぬんですか?」という一言でした。感情的にぶつけた訳ではなく、最大限前を向いて、自分でも驚くほど静かに置いた一言でした。
代理の先生は、なんともいえない表情で詰まったあと「それはわかりません」と。そのあと「わからない」ということばの根拠を説明して、最後に「寛解を目指してがんばりましょう」と、そう言われた記憶があります。
それまで説明を受けてきた3つの病名が「がん」に変わったとたん、今まで当たり前に在った「治癒」の二文字が忽然と消えました。「寛解」ということばが意味することも、自分の体の、今までに感じたことのないほどのしんどさも良く分かっていて、それ以上に自分の体感と病名の深刻さがようやく重なった安堵で、ぽろりと涙がこぼれて、静かに泣きました。
「あと何日生きられるのだろう」
家族とあれこれとあってから病室のベッドに戻ると、しばらく泣いていて。夜中の真っ暗闇の中で、気がつくといろんなものを数えていました。あれもこれも失った。あれがいけなかったのか、これがいけなかったのか。走馬灯のように巡りました。
翌朝、ことばを綴ろうと手元にあった携帯電話を手にとるとまず夫にメッセージを送りました。
「治療はがんばる」
「最期まで嘘のない対話を続けてほしい」
「最初からみんなにも嘘なく生きたい」
流産のこと、何か悪い病気になっていること、その事実が伝えられずにこの2ヶ月ついてきた嘘と全部さよならしたい。今日からまた、正直に素直に生きる。決意したことでした。
そこからは思い浮かんだ人の名前をどんどんリストアップしていきました。
先に報せたい人
その前に了承をとりたい人
頼みごとをしたい人
ごめんねを伝えたい人
ありがとうを伝えたい人
大学のチームメイト、大学の恩師、社会に出てからの大切な友人、ずっと心に引っ掛かっていたあの人、この人……メモ帳には、今までの人生で出会ってきた人の名前がいっぱいになりました。
一度でもいいから寛解して、一人ずつ会いに行こう。先の見えない暗がりの小さな灯のようなそのメモをみちしるべに、ぎゅっと握りしめて治療に耐えました。
今思うと、そのときから「ことばにして綴ること」そして綴ったものの数を認識するという行為は、生きていく上でなくてはならないものになっていたのかもしれません。
歌のタイトルは、いつかの夏、友人たちと聴いた歌です。
かぞえる【数える】
(デジタル大辞泉)
1 数量や順番を調べる。勘定する。
2 一つ一つ挙げる。列挙する。
3 数がそれだけのものになる。
4 その中の一つに加える。数に入れる。
5 拍子をとって歌う。
『汀の虹』のみちしるべ
『汀の虹』は、がんによる孤独の中で握りしめていた“ことばの欠片”を道標に制作しています。握りしめていた“ことばの欠片”の大半は、それまでの人生で大切な人から贈られたことばや、何度も触れた本や音楽、映画のことばでした。
そこからことばをひとつ手にとってはタイトルとして置き、心の奥に沈んだ治療前後の記憶を一つずつ掬い上げ、重ね綴っています。この本や歌、映画の中にあることばや情景をみちしるべにしていたような…という作品のタイトルだけ、最後に添えていきます。(以下、敬称略)
「数える」
『かぞえうた』Mr.Children

