2019-01-22

「石を拾う」#掬することば

Flowers 「カスミソウ」×「ライスフラワー」×「ユーカリ」(2017.6 花店note)

 

2月4日の「World Cancer Day」に向けて、豆本詩集『汀の虹』の詩を、1日1篇ずつ置いています。16篇目は「石を拾う」です。


「鳥羽の海まで、シーグラスを拾いに行きたい」

突然そんなことを言い出したのは、2015年7月。がんが寛解して1年が経った頃でした。

再発の確率が一番高い1年を乗り切ったのに、心も体も元通りにならない。そんな自分の不甲斐なさに、かなり追い詰められていた時期だったように思います。

ひとりで親子連れのいる空間に行くと、流産とがんのかなしみがぶり返して、涙が溢れて息が出来なくなってしまう。「あなたにお願いしたい」と、声をかけてもらった仕事で外出する時を除いて、だんだんと家にこもりがちになりました。

ひとりで外出するにはウォークマンで耳を塞がないといけない状態。親の姿になってゆく親戚や友人たちとも会うことが難しくなり、最低限の食料品の買い出しは、親子連れを避けるために閉店間際。それ以外はネットで済ませて玄関で受けとる日々。

寛解から時が経つほどに、周囲から孤立してゆくわたしを心配した夫が「いつか言わなきゃいけない」と抱えていた、そして慎重に慎重にわたしに伝えてくれたことばがありました。

「何がつらくて、どうしたら乗り越えられるのか。どれだけ時間をかけてもいいから、自分で見つけなきゃいけない」

酷だけれど、パートナーとしてわたしの未来を一番考えているからこそ。なによりわたしの持っている力を信頼しているからこそ言う。そんなニュアンスだったように思います。

「乗り越える」という動詞については、今でもできていないし、これから先もわたしには難しいかなと感じています。長年チームスポーツのフィールドにいた夫(わたしも)にとっては、困難な状況を自分で変えてゆくために常に使ってきたことばだろうし「闘病」を含めた日常のさまざまなシーンで見聞きすることの多い力強いことばです。

でも、乗り越えられないこともある。それを思い知ったのが、妊娠と流産とがんが渦を巻くように患者をのみこんでゆく絨毛がんという喪失でした。

一方で「何がつらいのが、どれだけ時間をかけてもいいから自分で見つけなきゃいけない」ということばは、どこかで向き合わなければいけなかったこと。今振り返っても、このタイミング以外にはなかったのだと思います。

言われたときは受け止められなくて「乗り越えられていないわたしが悪いんだ」と、どん底になった記憶もありますが。心のどこかに「逃げることはしない」という小さな灯は残っていて、消えませんでした。

 

その翌月、夫の運転で鳥羽の海まで車で連れていってもらいました。

途切れることのない波の音に耳を預け、波打ち際でぼうっとする。心が空っぽの時ほど、波の音は心地よく響きます。

思えば結婚するうんと前の学生時代も、悩みごとを抱えてめそめそと泣いていると、よく車で市内のヨットハーバーまで連れていってもらっていました。波の音で心が落ち着くのは、そんな記憶の積み重ねがあったからかもしれません。

seaheart

浜に行くと裸足になって、人混みから距離をとってひたすら波打ち際でシーグラスを探しました。小さな欠片が、何とかひとつ、ふたつ。そのうちに偶然手に触れた小さな石を掬い上げると、歪なハートのかたちをしていました。

波で削られ、砕かれ、波打ち際を漂い続けて自分のかたちを得た、ひとつだけのハート。そういえば、昔むかしもハートの石を拾っていたことがあったような。そう思って足元に視線を落として手を入れると、ひとつ、ふたつとさまざまな色や形のハートの石を掬うことができました。

最初は痛々しいほど傷だらけで、でも波にもまれるほどにまんまるになってゆく。心もそうなのかもしれない。掬い上げた石たちに触れながら、ふとそう感じたことは今でも覚えています。

それから、海辺へ行くと、ハートの石を拾うようになりました。鳥羽、淡路島、大洗、そして新潟のひすい海岸……。ただただ無心に、波打ち際に沈んだ石を拾いながら、心の奥に沈めてしまっていた感情の記憶と向き合った1年数ヶ月。

その間、ずっとそばで見守ってくれていた夫、そして夫より少し遠くから見守りながら、節目節目に声をかけてくれた人たちのあたたかいまなざしがあったからこそ「自分で見つける」一歩につながっていったのだと感じています。

 

最後に添えた歌は、学生の頃夫に「これ聴いてみ」と教えてもらった、アルバムに入っていた歌。

出てくる情景は「砂の海」なのですが。海辺で石を拾いながら、この歌に出てくるおじいさんのことを思い出していました。“物語”に触れる豊かさ、“物語”として届ける美しさを、その歌たちから教わった気がしています。

いし【石】
1 岩石の小片。岩よりも小さく、砂よりも大きなもの。
2 広く、岩石・鉱石のこと。
3 土木工事や建築などに使う石材。
4 宝石や、時計の部品に用いる鉱石、ライターの発火合金などの俗な言い方。
5 碁石。
6 胆石。結石。
7 硯 (すずり) 石。
8 墓石。
9 じゃんけんで、握りこぶしで示す形。ぐう。
10 紋所の名。四つ石、丸に一つ石、石畳車 (いしだたみぐるま) などがある。
11 かたい、冷たい、無情なもののたとえ。
12 劣ったもののたとえ。
13 石だたみ。敷石。
14 石御器 (いしごき) のこと。茶碗。
(デジタル大辞泉)

ひろう【拾う】
1 落ちているものを取り上げて手にする。
2 他人の落とした物を手に入れる。拾得する。
3 多くの中から必要なものを選び取る。
4 職のない人や不遇な人を取り立てる。引き上げる。
5㋐思いがけなく手に入れる。
㋑失うはずのものを失わずにすむ。
6 車などで出かける途中で人を乗せて一緒に行く。
7 乗り物を呼びとめて乗る。つかまえる。
8 テニス、バレーボールなどの球技で、打ち返すのがむずかしい球をなんとか打ち返す。
9 マイクロホンなどが音を取り入れる。
10 徒歩で行く。
11 株式などを、安値になるのを待ちかまえて買う。
(デジタル大辞泉)

『汀の虹』のみちしるべ 
『汀の虹』は、がんによる孤独の中で握りしめていた“ことばの欠片”を道標に制作しています。握りしめていた“ことばの欠片”の大半は、それまでの人生で大切な人から贈られたことばや、何度も触れた本や音楽、映画のことばでした。

そこからことばをひとつ手にとってはタイトルとして置き、心の奥に沈んだ治療前後の記憶を一つずつ掬い上げ、重ね綴っています。この本や歌、映画の中にあることばや情景をみちしるべにしていたような…という作品のタイトルだけ、最後に添えていきます。(以下、敬称略)

「石を拾う」
BUMP OF CHICKEN『Ever lasting lie』

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