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「そっと置く」#掬することば

「そっと置く」詩の写真

Flowers 「ラベンダー」×「フィンランドモス」(2016.9 花店note)

2月4日の「World Cancer Day」に向けて、豆本詩集『汀の虹』の詩を、1日1篇ずつ置いています。17篇目は「そっと置く」です。


「そっと置く」……それはこの5年間、「大切な記憶」をテーマにZINE制作を続ける中で、今一番大切にしていることばかもしれません。

そもそも、5年前ZINEの制作をはじめた頃は「のこす」「つなぐ」ということばが制作の軸にありました。阪神・淡路大震災後間もない町で育ち、またそのあとに起きたさまざまな災害や祖父の死を経験しながら考えてきたという私的な背景が強く影響していたのかもしれません。

がんが寛解したとき、わたしは2つの喪失を抱えていました。祖母の死と絨毛がん。つまりは、大切な家族を見送ることができなかったかなしみ、大切ないのちを育み産むことができなかったかなしみです。

いつ再発するかわからないという状況で、一番にとりかかったのは『かぞくのことば』というZINE。治療中に家族がしてくれたこと、くれたことばに、患者として心の中で感じていた気持ちを添えてZINEに綴じて贈ったものでした。

このZINEは、寛解直後の2015年7月に制作した初版と、その数ヶ月後に少し手を加えた2刷りがあります。初版では祖母の死については触れることもできませんでした。

2刷りでも、わたしががんによる大量出血で倒れて搬送された日に祖母が他界したという事実と、祖母への感謝の気持ちが精一杯。かなしいなんてことばにできませんでした。

流産のかなしみに至っては、2刷りでもことばにすることができませんでした。「こんなやりきれない病があるなんて」その一行が精一杯でした。

かなしい、くるしい、つらい出来事。その経験を、自分の気持ちをことばにして置くまで、随分時間がかかっています。本当に「かなしい」とことばにして、適切なかたちで「置く」ことができるようになるには時間が必要。そのことに気づいたのは、もっともっと後のことでした。

それから2年ほどは「自分の記憶」ではなく「他者の記憶」を預り、綴じて贈るという活動を無心に続けていました。

そんな活動を続けていた2016年の秋の終わり。縁あって訪れた富山の音川という集落で、こんなことばをかけてくれた人がいました。

「ほんとうは、自分のことなんじゃないかな?」

最初は、何か心の真ん中を突かれたような気持ちでした。それまで出会ってきた人からは「がんの経験から記憶を綴じる活動を続けている」と説明すると、こちら側までぐっと入り込むようなようなことばをかけられることはありませんでした。皆、わたし心の輪郭を探り、そのかなり外側をなでるようなやさしいことばを置く。

でもその人は、わたしの声に耳を澄まし、奥の奥までしっかりと見つめて生きたことばを届けてくれました。本に綴じて、自分の目の前、そして他者とのあいだに置く必要があるものは、流産とがんによる深い喪失、そこから滲み続けているかなしみやくるしみなのかもしれない。

「自分のこと、置いてみよう」

そうして制作したのが『ココロイシ』というZINEでした。1年半、海辺を訪れては拾い続けていたハートのかたちをした石一粒一粒の表と裏を撮影し、 一粒ずつ本のページにおさめて、石から思い浮かぶ「心の記憶」をひとつずつ綴じました。

それを石とともに置いて展示をひらきました。 はじめて置いた心の軌跡。置くことで「整理がつく」ものもあれば、置くことで「他者と交わす」ことができるものもある。思いやりで包んで、そっと置く。それさえ忘れなければ、経験や記憶をひらく意味はある。そんなことを実感しました。

「そっと置く」それは、この5年間の交わしあいの中で教わった、思いやりのひとつのかたちなのかもしれません。最後に添えた歌は、歌を「置く」という表現に初めて出会った歌です。この歌を聴くと「置く」ということばの持つ確かさのようなものを、わたしは感じます。

kokoroishi-book13

そっと
1 音を立てないように物事をするさま。静かに。
2 他人に気づかれないように物事をするさま。こっそり。ひそかに。
3 干渉しないで、静かにしておくさま。
4 少し。ちょっと。

デジタル大辞泉

おく【置く】
1 人や物をある位置・場所にとどめる。
㋐そこに位置させる。
㋑ある状態にすえる。
㋒心をそこにとどめる。
2 人をある立場につかせる。
㋐雇う。抱える。
㋑同居させる。
3 ある場所に残す。残しとどめる。
4 新たに設ける。設置する。
5 時間的、空間的に間を隔てる。
6 その状態を続けさせる。そのままにする。
7 預け入れる。差し出す。
8 算木などの用具の位置を決めて、計算する。占いをする。
9 蒔絵 (まきえ) や箔 (はく) を施しつける。
10 相手に対して心を配る。気がねをする。
11 露・霜などが降りる。
12 ㋐今後の用意のために、あらかじめ…する。
㋑その状態を続けさせる。そのままにする。

デジタル大辞泉

『汀の虹』のみちしるべ 
『汀の虹』は、がんによる孤独の中で握りしめていた“ことばの欠片”を道標に制作しています。握りしめていた“ことばの欠片”の大半は、それまでの人生で大切な人から贈られたことばや、何度も触れた本や音楽、映画のことばでした。

そこからことばをひとつ手にとってはタイトルとして置き、心の奥に沈んだ治療前後の記憶を一つずつ掬い上げ、重ね綴っています。この本や歌、映画の中にあることばや情景をみちしるべにしていたような…という作品のタイトルだけ、最後に添えていきます。(以下、敬称略)

「そっと置く」
『花の名』BUMP OF CHICKEN

汀の虹 もくじの写真