「掌」#掬することば


Flowers 「ティーツリー」×「ペッパーベリー」(2017.1 花店note)
2月4日の「World Cancer Day」に向けて、豆本詩集『汀の虹』の詩を、noteに1日1篇ずつ置いています。21篇目は「掌」です。
自分や家族が重い病気になると「ことばが淀む」ということがよくありました。ことばとしては伝えられなかったり、ことばとしては届いてこなかったり。
そんな時、手というものが表現する語りの豊かさに、どれほど助けられたかと思います。 伝えるために触れたこともあれば、触れてもらった掌から感じとったものもある。そんな気がしています。

大好きだった祖母がまだ元気だった頃、最後に写真におさめたのも掌でした。「顔はもうしわくちゃやから写さんといて」と笑う祖母の声を受けて、引き出しから引っ張りだしてきた壊れた腕時計を大事に包む祖母の掌だけとっさにおさめました。
ピンぼけ写真なのに、その掌はとても豊かに語りかけてくるものがありました。この写真をみるといつも祖母のことを思い出します。

大量出血による緊急手術から目覚めた数日後。手元に戻ったカメラを手にして、初めておさめたのも自分の手の写真でした。
血の気のひいた自分の顔よりも、ふらふらの体よりも、よっぽど「生きる」という意思に満ちていて。その微かながらも確かな意思を確認するためにおさめたような。今も人の手を撮るのが好きなのは、そんなことばにならない確かなものをおさめたいからかもしれません。
最後に添えた歌『掌』は、入院中、痛みを引きずりながら歩いた病棟の廊下で聴いていました。最初のフレーズが流れた時、思わず手すりを掴んでいた掌を見つめた記憶があります。
掌という漢字も、学生の頃その歌のタイトルで見て初めて知ったような。同じ「てのひら」でも、字の持つ力で意味が広がるのが面白いなと。
他の2つも、手のひらが語るものを教えてくれた歌です。おはなさんの報せを聴いたときは、泣きながらこの歌ばかり聴いていました。もちろん今も、冬になると必ず聴いてます。
てのひら【掌】
(デジタル大辞泉)
手首から指の付け根までの、手を握ったときに内側になる面。たなごころ。
しょう【掌】
(デジタル大辞泉)
1 てのひら。
2 職務として担当する。つかさどる。
3 手に持つ。
『汀の虹』のみちしるべ
『汀の虹』は、がんによる孤独の中で握りしめていた“ことばの欠片”を道標に制作しています。握りしめていた“ことばの欠片”の大半は、それまでの人生で大切な人から贈られたことばや、何度も触れた本や音楽、映画のことばでした。
そこからことばをひとつ手にとってはタイトルとして置き、心の奥に沈んだ治療前後の記憶を一つずつ掬い上げ、重ね綴っています。この本や歌、映画の中にあることばや情景をみちしるべにしていたような…という作品のタイトルだけ、最後に添えていきます。(以下、敬称略)
「掌」
『掌』Mr.Children

