「触れる」#掬することば


Flowers 「モリソニア」×「フェザーグラス(2016.12 花店note)
2月4日の「World Cancer Day」に向けて、豆本詩集『汀の虹』の詩を、noteに1日1篇ずつ置いています。20篇目は「触れる」です。
治療中ベッドに沈んだ日々の記憶をおさめた「一.深淵」の10篇。そして、寛解ということばを受け取ったもののくるしみ続けていた、寛解後間もなくから2年半までの記憶をおさめた「二.海霧」の9篇がおわりました。
この19篇は「自分のこと」を見つめたものがほとんどでした。失ったかなしみやくるしみを整理するには、最初に必要な過程だったと思います。
特に「二.海霧」の9篇は、『ココロイシ』ではことばにできなかった寛解後の日々の記憶を振り返っています。一番ことばにしたかったことであり、切実さをもってことばにすることもできる記憶でもありました。
この期間の記憶をことばにできたことで、これ以上ことばにしてまで置きたいものはないなというのも正直なところでした。でも、まだ触れられていない大切なことがあるのも事実でした。
実際は、深淵の時期も海霧の時期も「独りきり」で気持ちの整理をつけてきたわけではありません。その時間、隔たりの外でそっと見守ってくれていた夫や大切な人たちの存在や、時折何かを交わしながら共にした時間があってこそ“汀”まで戻ってくることができたのだと思います。
一筋の流れでまとめるのは難しいですが、それぞれの欠片もことばにして添えよう。そんな想いで今日からの9篇「三.汀の虹」を置いていきます。
「触れる」という行為は、流産とがんのつらさでできなくなったことのひとつでした。
抗がん剤の副作用で吐き気が酷かった頃、触れるものすべてが刺激になり、嘔吐につながる時期がありました。今まで着ていた服や下着すら、刺激に耐えられない状態。とにかく低刺激でしめつけのないものが必要で、誰の持ち物なんだろう?と自分でもわからなくなるようなデザインの下着や服で、とりあえず皮膚を覆っていました。
今まで使っていたシャンプーや化粧品、歯ブラシや歯みがき粉も耐えられない。なんの香りも味もしないものを、雑菌を拭うためだけに機械的に使う日々。心配して触れてくれる掌すら耐えられない刺激で「触らないで!」と、ことばを投げつけてしまったこともありました。
今まで触れてきたものはすべてさようならで、とにかく極力「触れない」日々。「触れる」という感覚をどんどん失っていきました。
身体的に触れていなくても「触れる」のがつらいということも増えました。
誰かのふいの一言に触れて傷つくのがこわくて、家にこもりがちになりました。家の中にいても外から親子の声が聴こえてきたり、テレビからふいにがんや流産、子どものいない夫婦のニュースが流れこんできたりもする。 ずっとイヤフォンで耳を塞いで過ごして、テレビも一切つけなくなりました。
つらい記憶とつながる音に触れたり、光景に触れたり、心に触れたりすることができない。想起につながる話題を出されることも耐えられません。とにかく「触れない」日々。まわりの人、特に夫は相当な神経を張り巡らせて、触れないように努めてくれていたように思います。
触れない空間を保つことで、触れることによる刺激からは逃げることができました。でも同時に「触れない」時間が積み重なるほどに、どんどん「わからなくなる」ことが増えていきました。
親戚の妊娠や知人のがん。そんな報せはわたしの耳には届かなくなりました。心の深いところで触れあう話題も減り、相手が何を考えているのかわからなくなりました。自分が、自分やまわりに強いてきた「触れない」という行為で、いつの間にかいろんなものを失っていました。
唯一の救いだったのは、夫はわたしが強いた「触れない」を尊重しつつも、極力自然体で、変わらずそばに居てくれたことでした。話題にせよ何にせよ、わたしがもう一度「触れたい」と思うまで、何も強いない。わたしがまた触れることを試みてみようと思ったときに、自然に応えられるように自然に居る。そんな風に居てくれた存在があったからこそ、触れることを取り戻すことができたのだと思います。
最後に添えた歌は、がんに罹患してから一番聴いている歌かもしれません。触れない冷たさの中に居たとき、触れる温もりを思い出させてくれたような気がします。
ふれる【触れる】
(デジタル大辞泉)
1㋐ある物が他の物に、瞬間的に、または軽くくっつく。ちょっとさわる。㋑脈が反応する。脈拍を指先に感じる。
㋒(「耳(目)にふれる」の形で)ちょっと耳にしたり見たりする。
㋓あることを話題にする。言及する。
㋔ある時期や物事に出あう。
㋕規則・法律などに反する。抵触する。
㋖怒りなどの感情を身に受ける。
㋗感動・感銘を受ける。
2㋐物に軽くくっつくようにする。
㋑広く人々に知らせる。
3 食べ物にちょっと手を付ける。
『汀の虹』のみちしるべ
『汀の虹』は、がんによる孤独の中で握りしめていた“ことばの欠片”を道標に制作しています。握りしめていた“ことばの欠片”の大半は、それまでの人生で大切な人から贈られたことばや、何度も触れた本や音楽、映画のことばでした。
そこからことばをひとつ手にとってはタイトルとして置き、心の奥に沈んだ治療前後の記憶を一つずつ掬い上げ、重ね綴っています。この本や歌、映画の中にあることばや情景をみちしるべにしていたような…という作品のタイトルだけ、最後に添えていきます。(以下、敬称略)
「触れる」
『花の匂い』Mr.Children

