2019-02-01

「種」#掬することば

Flowers 「スモークツリー」×「ペッパーベリー」(2016.10 花店note)

 

2月4日の「World Cancer Day」に向けて、豆本詩集『汀の虹』の詩を、1日1篇ずつ置いています。26篇目は「種」です。


リハビリの目的で家の近所を歩きはじめたのは、抗がん剤治療中のことでした。治療が続くほどに骨髄抑制と薬剤性肝障害も酷くなり、治療が継続できるかどうかという境界をいったりきたり。休薬期間は気やすめ程度に家の近くの道を歩くようになりました。

最初は、50歩歩いては息が上がって一休みの繰り返し。新緑の季節なのに見上げる行為もしんどくて、ひたすら足元だけを見ながら一歩一歩すすめていました。

夏は暑すぎたのか、散歩の記憶がありません。次に記憶があるのは、落ち葉のちらつく秋ごろから。その頃には少し距離をのばして、近所の緑地公園の池のほとりまで。往復40分ほどのリハビリコースを淡々と歩いていました。

特段好きな景色や新しい発見がある訳でもなく、ただ淡々と。冬が近づくと緑は枯れ、コンクリートに覆われた街の道はとても無機質になります。 人の都合で毎年バサバサと剪定されている緑地の木々は、緑を失うとどこか痛々しくて、 落ち葉も機械で飛ばされごみとして廃棄されてしまう。冬の道端はとても寂しくて、寒さも相まってまたこもりがちになりました。

春の気配を感じて思い切って外に出てみると、寂しかったはずのアスファルトの割れ目から、小さな草花がたくさん生えていました。1年前には歩くことすらできなかった季節を踏みしめながら、冷たく乾いた道の端から微笑む菫や筑紫や蒲公英、名前もわからない小さな草花たちに、何とも言えない力をもらいました。

 

がんでボロボロになったわたしの体も、季節がひと巡りした頃には少しずつ機能を取り戻し、がんが溶け出てへしゃがっていた臓器も元の形へと戻りつつありました。人間の生命力、細胞の再生力にはわたしが一番驚きました。

でも、受精卵という育むはずだったいのちの種ががん化してしまったわたしにとって、未来への希望であるはずの「種」という存在は、絶望の源でもありました。

自分が手に持っている種は、いのちとして生まれることのできる種なのか。種の成長を見届けるまで、自分が生きていられるのか。どちらの自信も失ってしまっている状態。時々触れるその種が、希望の種なのか、絶望の種なのか。わからなくて、怖くなって、結局そのまま手放してしまう日々でした。

それでも、道端の花をみると、やっぱりその種を育ててみようかという気持ちにも傾いたり。まだまだ揺れ動く心で、でも時計の針は確実に進んでいて、そんな気持ちで「種」ということばと向き合っていました。

たね【種】
1 植物が発芽するもとになるもの。種子 (しゅし) 。
2㋐人または動物の系統を伝えるもととなるもの。精子。
㋑血筋。血統。父親の血筋をさすことが多い。また、それを伝えるものとしての、子。
3 物事の起こる原因となるもの。
4 話や小説などの題材。
5 料理の材料。また、汁の実 (み) 。
6 裏に隠された仕掛け。
7 よりどころとするもの。
8 物の、質。
(デジタル大辞泉)

『汀の虹』のみちしるべ 
『汀の虹』は、がんによる孤独の中で握りしめていた“ことばの欠片”を道標に制作しています。握りしめていた“ことばの欠片”の大半は、それまでの人生で大切な人から贈られたことばや、何度も触れた本や音楽、映画のことばでした。

そこからことばをひとつ手にとってはタイトルとして置き、心の奥に沈んだ治療前後の記憶を一つずつ掬い上げ、重ね綴っています。この本や歌、映画の中にあることばや情景をみちしるべにしていたような…という作品のタイトルだけ、最後に添えていきます。(以下、敬称略)

「種」
Mr.Children『NOT FOUND』『ひびき』

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