【Report】「記憶のアトリエ」in 静岡

2018年11月3日(土)10:00~16:00まで、 静岡県内の病院に隣接する場所で、2回目となる「記憶のアトリエ」をひらきました。

病院で治療を受けられている方々や、地域のがん患者さんやご家族、ご友人が過ごすことができるこの場所は「訪れた方が大切にしたいことを大切にできる場所でありたい」という想いのもと、がんになり孤独や戸惑いの中にいる患者さんや家族、ご友人が気軽に訪れ、安心して話ができ、自分の力を取り戻せる場所として毎週水曜日にオープンされています。

ヨガやアロマテラピー、カフェ・デ・モンクなどさまざまな専門性を持った方を招いたプログラムも開催されていて、わたしは執筆していた日本看護協会出版会さんのWebメディア「教養と看護」の連載「まなざしを綴じる」で紹介していた記憶を綴じるZINEづくりの取り組みに興味を持ってくださった看護師さんからのお声がけで、来訪された方々が本を読んだりつくったりしながら過ごすことができる本づくりの移動アトリエ「記憶のアトリエ」をひらいています。

半年ぶりの来訪。あたたかく柔らかな空気はそのままに、植物たちがすくすく育っていたり、本棚の本が増えていたり。小さな変化を感じとりながらの設営でした。

本棚の一角に並んでいた、前回のアトリエで生まれた手製本たち。来てくださった方々が手にとることができるよう、それぞれのページをコピーして本におさめなおした複製版を寄贈していただいたものです。

アトリエから持ち帰り、それぞれのペースで完成してくださった物語。ご自宅にあったのだろうなという素材が加わっていたり、続きのことばが綴られていたり。ぐっと深まったそれぞれの色を見つめてながら、みなさんのことを思い浮かべていました。

設営では今回も本棚にある棚板や収納箱をお借りして、「大切な記憶」が綴じられた小さな本に触れることができる空間をつくりました。一人で、誰かと、好きな場所で本に触れたり語り合ったり。何もせずに奥のソファでゆっくり過ごしたり。一人にもなれるし、集うこともできる。お越しくださった方それぞれの気持ちを受けとめることができる、広くあたたかい空間があるからこそできる設営です。

前回と変更したのは、壁一面に広がる本棚の前にある大きな木のテーブルを終日アトリエスペースにしたこと。半年間であらたにプレゼントとしていただき加わったたくさんの素材や道具。色とりどりの紙やマスキングテープ、シール、押し花、画材をテーブルいっぱいに並べてお迎えしました。

本づくりのかたちも、来てくださったみなさんのタイミングで、好きな時間からやりたいところまで参加していただくかたちに。前回よりもいっそう、来てくださった方々がそれぞれのペースでお過ごしいただけるようにと一緒に考えながらアトリエがはじまりました。

10:00~16:00までという限られた時間ではありましたが、がんを経験された方、病院や訪問看護ステーションに勤める看護師さん、グリーフケアについて学ばれている地域の方など、さまざまな方々とご家族、ご友人が途切れることなくいらっしゃいました。

みなさんそれぞれに本を手にとってみたり、スタッフさんとゆっくりお話をされたり、アトリエスペースで本を綴じてみたり。日常よりも少しだけ深いところを見つめる、静かな時間が流れます。今回はみなさんが制作された本の様子をご紹介しながら、アトリエに流れる時間を少しでも感じていただけたらなと思います。

1冊目と2冊目は、親子で来てくださったお母さまと娘さん。アトリエにある素材や画材の紹介をすると、娘さんはたくさんの素材の中から桜の押し花や雪だるまのシルエットなどを次々見つけだし、春夏秋冬を1ページずつ描いておさめていきました。

最後に小さな封筒を1枚手にとり「10年後のわたし」に向けたメッセージを。誰にも見えないようにこっそり綴ったメッセージを封筒の中にしまい、本の最後のページへおさめていました。

10年後にした理由を尋ねると「10年後が20歳だから」とにっこり微笑んで教えてくれました。「20歳になったら持ってきてくれたら嬉しいな」という小さな約束を交わしました。

隣で制作されていたお母さまは、アトリエにあったあじさいの押し花を見つけて表紙に。活版印刷された文字を手にとり、一文字ずつ拾ってお名前を丁寧につくられていました。途中、娘さんと一緒に手が伸びて、親子で手がクロスした瞬間をぱしゃり。

3冊目は、遠くからお越しくださった方。制作の合間にさまざまなお話を伺いながら、表紙と裏表紙までの制作。グレーの柔らかい紙の上に、真っ白な鳥と羽根と雪の結晶がふわりと舞った表紙。「OVER THE RAINBOW」という言葉が静かに添えられていました。裏表紙にはご自身のお名前と深い関係のあるモチーフを選び、スモークツリーの押し花がふわふわと。残りはご自宅でゆっくり綴られて、また完成版を見せてくださるそうです。

タイトルと綴じ手の名前が刻まれれば、物語ははじまります。「今度お会いするときに」と約束してくださった時の笑顔を思い出しながら、お会いできる日をたのしみにしています。

4冊目は、アトリエをはじめるよりうんと前からmichi-siruveの記憶を綴じる活動を見守ってくださっている方。春のアトリエに続き、忙しい合間にお越しくださいました。

今回は本づくりにも少し参加してくださいました。画材を手にとりさーっと描かれた表紙の富士山は、新富士駅に降りたその時に目の前に広がっていた景色そのもの。この本も完成したらまたお持ちくださるそうです。たのしみにしています。

5冊目は、前回のワークショップに参加してくださった女性と、今回一緒に来てくださったお母さまの手製本。最初のうちはお二人で奥の展示をゆっくり見ながら、スタッフのみなさんとゆっくりお話をされていました。

しばらくしてアトリエスペースも覗きにきてくださり、素材を眺めているうちにご家族の思い出を綴じる本をつくることに。アトリエの素材に触れながら「増えてますね」「これは前なかったな」と、アトリエの景色を細やかに覚えていてくださったのがとても嬉しかったです。

今回はお母さまが綴じ手になり、ご家族のことを思い浮かべながらイメージに近い紙やリボンを本当に丁寧に探されていました。触れている素材を見つめる先には、ご家族の姿と過ごした時間があることを感じながら、1枚ずつ選び、重ねられていく紙やリボンを一緒に見つめたひととき。想いをもって集められた素材には、不思議とあたたかさが宿るということを、改めて感じることができました。

6冊目は、前回も遊びに来てくださった病院の看護師さんと娘さん。「前はあっちで座って作ったよね?」とその時のことを思い出しながら、今回は大きなテーブルに設けられたアトリエへ。

病院の一角にある毎月の装飾も、看護師さんと娘さんで共同制作されているそう。ものを作るのが大好きという娘さんは白いシルエットの型紙をなぞってガラスペンを使ってみたり、封筒の中にメッセージを入れてみたり。その自由な創作を見守るお母さまのまなざしがとてもあたたかったです。

「アトリエで使ってください」とネイルシールのご寄付もいただき、お気持ちがとても嬉しかったです。次のアトリエで並べて、みなさんにたのしんでいただけたらなと思います。本当にありがとうございました。

7冊目は、病院の訪問看護ステーションの訪問看護師さん。お休みの日にご夫婦でお越しくださりました。

一緒に持ってきてくださったのは、事務所移転の際に見つけたという古い画材のセット。利用者さんへのメッセージカードなどを綴る時に使っていたものだそう。これだけの画材が揃えばアトリエがない日も本づくりができそうです。

せっかくなのでこの画材の使い心地を確かめながら、ご夫婦で1冊の本を綴じてくださることに。片側からは夫のページ、反対側からは妻のページ。ご夫婦の想いが1冊の本におさまります。

アトリエの時間ももうすぐおひらきという頃、隣で参加していた女の子が訪問看護師さんの冊子を手にとり、読みはじめました。

ページをすすめると辿り着いた、2羽の白い鳥が一緒に支えた小さな封筒。そっとひらいてみると「一緒にいてくれてありがとう」のメッセージが出てきました。すると女の子が、奥の椅子で休んでいた訪問看護師さんのパートナーさんをちらりとみて、また訪問看護師さんの方を見返してにっこり。

誰かを想う心のようなあたたかいものが、あの時テーブルを囲んでいたみなさんにじんわりと伝わった瞬間。わたしにとっても忘れられない言葉になりました。

そうこうしているうちに、アトリエも終わりの時間に。大切な記憶に触れ、綴じるひととき。このアトリエで一緒に過ごした時間自体も、いつか大切な記憶として、思い出すひとときになるといいなといつも思っています。

アトリエは、また来年春に開催予定です。その時に完成した本、そして今回お会いした皆さんに再会できること、そして次回来てくださる方々とのあたらしい出会いをたのしみにしています。これからもよろしくお願いいたします。

今までアトリエにご寄付いただいた色とりどりの紙やシールなど。大事に使わせていただいています

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