「時間の花」#掬することば

こんにちは。ふと思い浮かんだことがあって、ご相談です。

ブーケをひとつお願いしたいのですが、ミヒャエル・エンデの『モモ』に出てくる「時間の花」をイメージしたブーケ……なんて、へんてこなオーダーをお願いすることはできますか?

そんなメッセージを花店noteさんにお送りしたのは、20日ほど前。2019年1月14日のことでした。お花のオーダーとしてはちょっぴりへんてこなこのオーダー。そこに込められた花への想い。そして花を通した花店noteさんとの記憶を綴っておきたくて。少し長くなりますが『汀の虹』の28篇のつづきのおはなしとして「World Cancer Day」(世界がんデー)の終わりに置きたいと思います。


2日前に置いた「枯れない花」で綴ったとおり、花店noteさんは流産をともなうがんの治療後、リハビリとして毎月通いはじめた特別なお花屋さん。元々はbackbird booksさんに時々通っていて、お店のところどころに覗いている花の存在は感じながら、月に一度お花屋さんがひらくようになったということもSNSで遠目に眺めながら数か月を過ごしていました。

その花店noteさんとともにやってくる花たちが、どうにも魅力的な花ばかり。四季の記憶にある懐かしい花も、アフリカの花のような見たことのないくらいに華やかなものでも、どれも一本芯が通りながらもひけらかさずに内に秘めているような、静かな佇まいの花ばかりでした。

「生花は枯れていくのがつらくて買えない」と距離を置いていた花店でしだか、その花の佇まいに惹かれて花店noteのオープン日に伺ったのが2016年8月。花とともに迎えてくださった茜さんを見て「花たちから感じていたイメージそのままの方だな」と思ったことをよく憶えています。

note-insta

その時はまだ生花と目を合わせる勇気はもてず、「シャーレ」という小さな器に浮かべられた、ドライになった季節の小さな花たちを覗き込んでいました。どれも小さいながらも静かに微笑みかけてくれるような花ばかり。

散々覗きこんだ後「このお花、時間が経つと変わってしまいますか?」と一声。それが最初に交わしたことばだったような。

傷まないように手入れされた花材だから、今の色かたちから大きくは変わらず在ってくれる。この花の微笑みがずっとそばに居てくれるなら、そんなに嬉しいことはないなと持ち帰ることに。 花の名前を尋ねると、カードの裏に丁寧にイラストを添えて一輪ずつ名前を教えてくださいました。それから毎月、小さな器に浮かぶ花たちを、花の名とともにその持ち帰るようになりました。

相変わらず生花は避けながら、その小さな花を集めるために通い続けて半年が過ぎた2017年1月の花店note。

Instagramで紹介されていた青くて小さな花がどうにも気になって、いつもはあまり見ないようにしていた生花の山の端にいたその花と目が合ってしまいました。

その時「一輪ください」とことばにするまでにすごく時間がかかったような。「生花は枯れていくのがさみしくて」
「お手入れはどうしたら長持ちしますか?」
「さよなら(花器からあげる)のタイミングはどう判断したらいいですか?」

枯れゆく花の最期に、どう向き合えばよいのか。その不安にいつもと変わらず丁寧に答えてくださり、少し前向きな気持ちで一輪挿しと一緒に「ニゲラ」という青い小さな花を持ち帰りました。

それから少しずつ、生花とともに生きることを取り戻し、丸1年が過ぎた2018年1月の花店noteさんで初めて「ブーケ」をお願いしました。

豆本詩集『汀の虹』の展示も一緒にひらかせていただいたタイミングで、展示した手製本を見て選んでくださった花たちが並んでいました。

その花たちとともに1日を過ごしていたら、どれも連れて帰りたい気持ちになり、展示最終日の前夜「このくらいの大きさでお任せで」と、初めてブーケをお願いしたのでした。

最終日を終えたあと、ブーケと一緒に小さなお手紙をいただきました。展示期間の記憶と、いつものように花の名前と、メッセージと。そこに忘れられないことばが綴られていました。

「枯れゆく姿も生花の魅力、良い力がもらえるはずです」
「花の終わりはそれぞれ違うので、最後はバラして飾ってみてください」

また「生」と向き合うことができるようなった、そして「一輪」ではなくブーケを持ち帰るようになったわたしへ。その背中をそっと押してくれるようなことばでした。

終わりが訪れるのは誰しもで、それぞれなのだということ。それは必ずしも、かなしみだけではないこと。限りある生花と過ごす時間には、シャーレの中に浮かんだ「枯れない花」との時間にはない、切な瞬間や忘れられない一時がありました。

しばらくすると箱を仕立てて、こっそり手元に置いていた枯れていった花たちを、箱に仕舞ってのこすようになりました。 下の写真右上が、初めての一輪のニゲラ。真ん中のスイトピーと左下のラナンキュラスは、初めてのブーケに居た花です。

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それからの1年は、毎月同じサイズのブーケをお願いするようになりました。一輪だけ選んで、あとはお任せ。その時間も、そのあと花と過ごす時も、なくてはならないひとときになっていました。

そして迎えた2019年1月。初めて一輪を持ち帰ってから季節がふた巡り。初めてブーケをお願いしてからも、季節がひと巡り。がんになって5年の節目にお送りしたのが冒頭のメッセージでした。

こんにちは。
ふと思い浮かんだことがあって、ご相談です。

ブーケをひとつお願いしたいのですが、ミヒャエル・エンデの『モモ』に出てくる「時間の花」をイメージしたブーケ……なんて、へんてこなオーダーをお願いすることはできますか?

久しぶりに『モモ』を読んだら、時間の花の描写のところで、昨年くださった「枯れゆく姿も生花の魅力」ということばを思い出して。病気から5年の節目に、何かひとつ自分に贈りたいなという気持ちになって。

中の1種類がそのイメージというような感じで。ブーケの大きさはいつもより少し大きめ、予算はいくらでも大丈夫です。花の具体的イメージはなくて、ただ「時間の花」ということばを預けて、一輪を選んでいただきたいんです。もしお願いできるのであれば、noteさんにお願いしたいなと。blackbird booksさんでも『モモ』を見かけた気がして。

時期は1月か2月のnoteでも、noteとは別の日にお願いした方が良い内容であれば他のタイミングでも。3月までの間にいただけたら。時間の花自体、実際のイメージは読み手に委ねられているので、お願いするのもおかしいのかなと思いつつ。常に咲いては枯れてゆくものなので、2019年の今の一輪ということでいただけたら嬉しいです。

へんてこなオーダーなので、いつもどおり花店に並んだお花から選んでお願いするかたちでも。長文すみません。よろしくお願いします。

 5年という月日を目の前にして、この5年とは一体何だったのか?「そのあと」をどう生きていくのか?そんなことに想いを巡らしていた2018年の末。ふと思い出して読み返したのが、もう20年近く前にぼんやり読んだ記憶のある『モモ』でした。 思い出した理由も本当に偶然。昨年の秋、その少し前にがんで他界した大事な先輩からのことばを胸に訪れた岩手県の陸前高田市で、その本のタイトルを耳にしたからでした。

momo2019-02

『モモ』を初めて読んだのは、確か小学生の頃。おそらく母が買って、家の本棚に置いていた1冊でした。何となく読んで、当時の年齢で読むにはとにかく長い旅だったような。

何度かくらい読んだ気もしますが、本の内容はピンボケ写真くらいにしか覚えていませんでした。モモという女の子の服装。時間泥棒の灰色の男たちの葉巻。ゆっくり歩くカメの光る甲羅。さかさまの場所。それくらい断片的で、ぼんやりとしたものです。 でもなぜか、その本には今のわたしにとって大切なことが綴じられていたような気がして読みなおしてみるとびっくりしました。

本の中に出てくる「時間の花」の記憶が、すっぽり抜け落ちていたからです。人の心の中で、遠くから響く音楽とともに、一人ひとりの心の中に一輪ずつ咲き続けるうつくしい花のこと。 すっかり忘れていました。まんまるな池の水面に一輪ずつ。光と音を受けて浮かび上がっては咲き、散っては沈み。どれひとつとして同じ花はない、心の中に咲く花。

『モモ』に綴られた「時間の花」は、わたしにとってがんになってから5年間、花と向き合いながら感じてきた「花」というもの。そして「生」というものそのものでした。そんな思いがけない花との再会が、もう抑えきれないほど嬉しくて、今までずっとそんな花への想いを受け止めてくださっていた花店noteさんに想いを託したくなりメッセージをお送りしました。

こんな依頼は困らせるかもしれない。そんな心配もありましだか、noteさんの返事はとても嬉しいメッセージでした。

今回「時間の花」を連想するのに、きっと今が一番ぴったりです。

春の花は香りも姿も可憐で可愛いものがたくさんあること。それはきっと長い冬を越して 春を待ちわびた花の表現力…こうなりたいという花の意思が一番現れる時期の花… 命を繋ぐための力を感じる…

日々花から感じていること。そしてnoteに並べる花は毎回一期一会であること。そんなことをとても丁寧にお返事くださり、5年の節目の「時間の花」というブーケのオーダーを受けてくださることになりました。

そして1月27日やってきたのがこのブーケです。

「あ、ニゲラだ」

ブーケを見て、わたしが最初にこぼした一言。2年前に初めて持ち帰った、懐かしいあの花との再会でした。

「わたしなりに考えた“時間の花”のこと、お手紙にしました」と、いつものカードに綴ってくださったお花の名前。カードには「時間」ということばから選んでくださった花たちの名前と理由が、一輪ずつ綴られていました。 今の「時間の花」は、ブーケを見て一番最初に目があった「ニゲラ」でした。

がんの治療後初めて手にした生花。その時のことを鮮明に記憶してくださり、めぐりめぐってまた同じ時期に、同じ花に出会った。だから「ニゲラ」が時間の花だと。そんな嬉しい嬉しいことばが小さなカードに綴られて、ブーケの包みに添えられていました。

花についてのそのメッセージの最後は

「ニゲラ」…繊細そうに見えて強い性質をもつクロタネ草。

ということばで結ばれていました。どんな想いで添えてくださったのかはお尋ねしていませんが、その一行に思わずふふっと微笑んでいる自分がいました。

2年前、初めて持ち帰ったニゲラ。その繊細な見た目に、家に帰るまでの間に萎れてしまったらどうしようと心配したほどで、本当におそるおそる持ち帰りお世話をしていました。 でもその華奢な花は、がんになってからもらっては枯れていった花たちとは比べ物にならないくらい長く咲き続け、花びらの最後の1枚が散るまで「花」でした。

凛と冷えた春のはじまり。季節が良かったこともあるのかもしれません。でも、そのあと他の花を迎えて過ごしても、ニゲラより長く咲いてくれてた花はありませんでした。その強さに気づいたのは、ニゲラが去ったずっとあとのことです。

そしてわたしも、繊細そうに見えて頑固です。それは今までの人生で会う人会う人にかけられてきたことばでもありました。出会うべくして出会った時間の花。とても大切な花です。

そんなこんなで、花店noteさんに、そして花たちにさまざまなものをもらいながら、5年目の節目を迎えました。人生の一番つらい時期、毎月一度noteさんと、noteさんが選ぶ花たちと会う時間は、自分が思っている以上に大事で、生きる力をたくさんいただいていたように思います。

花が一番必要な時期に、毎月迎えてくださり、花を通して想いを交わせる人がいる。交わした想いと時間の中で、がんでぐちゃぐちゃになった心に、また花を咲かせることができるようになったような。そんな気がしています。

それがどれほど嬉しいことかは、どれだけ書き綴っても、写真におさめても到底届きませんが、めいっぱいの感謝の気持ちを込めて『汀の虹』の28篇のつづきのおはなしとして。そして2019年の「World Cancer Day」の記憶として、ここに置きたいと思います。 花を、想いを、微笑みを。いつもありがとうございます。そしてこれからも、よろしくお願いいたします。

じかん【時間】
1 ある時刻と他の時刻との間の長さ。ある長さをもつ時。
2 時の流れの中の、ある一点。時刻。とき。
3 時の長さを数える単位。時 (じ) 。
4 授業や勤務など、ある一定の区切られた長さの時。
5 哲学で、空間とともにあらゆる事象の最も基底的、普遍的な存在形式。また出来事が継起する形式。過去・現在・未来の三様態をもち、常に一方向に経過し、非可逆的である。近世以降の哲学的時間論では、空間とともに現象を構成する直観の先天的形式(カント)、意識の創造性を担う純粋持続(ベルクソン)、意識における広がりのある今の継起たる現象学的時間(フッサール)など特色あるものが出されている。
6 現象が経過していく前後関係を明示するための変数。古典力学では空間に対する独立した変数と見なされたが、相対性理論では空間とともに四次元の世界をつくるとされる。

デジタル大辞泉

はな【花/華】
1 種子植物の有性生殖を行う器官。
2 花をもつ植物。また、美の代表としてこれをいう語。
3 桜の花。
4 2のうち、神仏に供えるもの。枝葉だけの場合もある。
5 造花。また、散華 (さんげ) に用いる紙製の蓮の花びら。
6 生け花。また、華道。
7 花が咲くこと。また、その時期。
8 見かけを1にたとえていう語。
9 1の特徴になぞらえていう語。 ㋐華やかできらびやかなもの。 ㋑中でも特に代表的で華やかなもの。 ㋒功名。誉れ。 ㋓最もよい時期。また、盛んな事柄や、その時節。 ㋔実質を伴わず、体裁ばかりよいこと。また、そのもの。
10 1に関わるもの。 ㋐花札  。㋑心付け。祝儀。
11 世阿弥の能楽論で、演技・演奏が観客の感動を呼び起こす状態。また、その魅力。
12 連歌で、花の定座。また、花の句。
13 和歌・連歌・俳諧で、表現技巧や詞の華麗さ。
14 梅の花。
15 花見。特に、桜の花にいう。
16 誠実さのない、あだな人の心のたとえ。
17 露草の花のしぼり汁。また、藍染めで、淡い藍色。はなだいろ。はないろ。
18 華やかなさかりの若い男女。また、美女。転じて、遊女。
19 「花籤 (はなくじ) 」に同じ。

デジタル大辞泉

モモ【Momo】
ドイツの児童文学者、エンデによる長編の童話。少女モモが、時間泥棒に奪われた人々の時間を取り戻す冒険を描いたファンタジー。1973年刊行。翌年、ドイツ児童文学賞を受賞

デジタル大辞泉

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