2019-08-28

「ささやかなもの」#掬することば

今から1年前の夏の終わり、noteに「掬することば」という文章を置きはじめました。

ことばを掬い上げて、経験を見つめなおすnote。

1年以上ずっと構想を練っていて、ようやく「掬することば」というかたちではじめた日。わたしに、そしてmichi-siruveの活動にいつも声をかけてくれた大事な先輩ががんで旅立ったという報せを受けとりました。

わたしががんに罹患する前に出会っていた、写真表現大学の先輩。がん罹患後引きこもりがちだったわたしを「気にかける」だけではなく、「ことばをかける」だけでもなく「声をかける」ことを続けてくれた先輩でした。

この「ささやかなもの」というnoteは、どうしようもない当時の気持ちを掬い上げて置いた、未熟な文章です。

これを綴ってからのこの1年。先輩がくれた「ささやかなもの」ということばをずっと握りしめながら花を見つめ、本を綴じ、アトリエをひらき、1日1日を生きてきました。

「ささやかなメディアに落とし込んで、ゆっくりと広めるという生き方」

「ただただうつくしいものがそこにある。ありたい」

先輩がわたしにくれたことばです。この1年ずっとこのことばを握りしめてきたけれど、まだまだ全然届かなくて。まだ先輩に会いに行けていません。

1年前の今日、この文章の最後に綴った自分のことばともう一度向き合い、今日という日を静かに終えたいと思います。

「ひとり」に向けて紡いで手渡されたことばは、手にとった人の掌の中にずっとあって、何度でも触れなおすことができる。そして触れなおすたびに、心の中で生き続ける。

先輩が今改めて教えてくれた「ささやかなもの」の力。確かにのこっているそのことばを胸に、そのことばに向かって今日を生きよう。

そしていつの日か、先輩にも手渡せるような「ささやかなもの」を綴じることができたら、先輩の居る町まで会いに行こう。そんな気持ちで、先輩へ贈る花束のような気持ちで、この文章をここに置きます。


(この文章はnote「掬することば」からの転載です)

大きな台風が過ぎ去った日。つまりはこの「掬することば」をはじめた日。がんで闘病していた先輩が旅立ったという報せが届きました。

本当に希少で、進行が早いがんだった先輩。わたしが経験した絨毛がんも、どちらかというと症例の少ないがん。稀であるということがもたらす孤独や不安は大きかっただけに、先輩ほど希少ながんの孤独はどれほど大きかっただろうと、ずっと考えていました。

先輩とは今から5年前、わたしががんになる半年ほど前に大阪で偶然出会いました。仕事をしながら通っていた写真表現大学の先輩・後輩でもあるとわかり、意気投合。

当時は会社に勤めながらもやもやを抱えていたわたしに「いろんな人と知り合って欲しいなぁ」と、時々声をかけてくださり、その度にいろんなことばをかけてもらいました。

その後わたしはがんになり、Webディレクターの仕事を辞め、治療に専念。寛解の報告をSNSに綴って間もない頃「もう少し回復したらピザは食べれますか?また出会った山の上のお宅でピザ焼きましょう」と、変わらず声をかけてくれたのも先輩でした。わたしの体が回復せず、結局それは実現しなかったけれど。その後もわたしの様子をよく見て、いつも応援してくださっていました。

「福祉からクリエイティブの道に進んだのも、若い頃に大病を経験したのも一緒だから」と、その後もいろんなイベントに声をかけてくださったり、本を勧めてくださったり、クリエイターの先輩を紹介してくださったり。

がん罹患後は引きこもりがちだったわたしが、今こうして社会とつながりをもって生きているのは、先輩をはじめ「声をかけて」くださった方々の一声一声があってこそ。 その先輩も、とにかく「気にかける」だけではなく、「ことばをかける」だけでもなく「声をかける」ことを続けてくれた先輩でした。
そんな大事な先輩が、移住先の町でがんが判ったことを知ったのが今年の春のこと。がんの種類は違えど、わたしも先輩も血流にのってどんどん転移してゆくがん。治療ができなければかなりの早さで命を奪われるような、悪性度の高いものでした。動脈からの大出血で搬送されてがんが判り、手術で一命をとりとめ、すでに遠隔転移もある中で治療がはじまったという流れも同じ。お互い他人事とは思えない。そんなところがありました。

でも、わたしのがんはたまたま良く効く抗がん剤があり、寛解まで持ち込むことができました。運び込まれた病院から提案された治療に黙々と耐えた経験しかないわたしには、治癒可能な治療法はないと告げられる中でも「絶対に治す」という先輩の一番大切な想いを実現させるために必要な「治療法を見つける」という部分をサポートすることはできませんでした。

そのあとは、ただただ遠くから心配するという日々。報せを聞いた後も、お別れに行くための一歩がどうしても踏み出せず、遠くの町から時計を見つめて過ごしていました。

「今日、治療薬が開発されているかいないか」というだけで、生きるか死ぬかが分かれてしまう。そんな別れがくるたびに、かなしい、くやしい、わたしだけ申し訳ない。どれとも違うごちゃまぜの気持ちです。

先輩はまだまだ若く、大切な家族もいて。がんになったつらさに年齢は関係ないけれど、まだまだ生きるはずだった今日、そしてご家族のことを想うとやっぱりことばが見つかりません。

先輩がくれたメッセージ、情報を求めて最期まで治療を諦めなかったその足跡。その足跡の奥にある、わたしには想像もできない無数の一瞬一瞬。ひとつひとつがかたちのない「宿題」のようなものとして、わたしの手の中にあるような気持ちでいます。

訃報を知り、整理しきれない気持ちを抱えながら先輩とのメッセージを辿っていた夜。寛解後もがきながら制作を続けていた頃、先輩がくれたメッセージが出てきました。

ちょうどわたしが「掌の記憶」という「大切な記憶」を豆本に綴じて贈るプロジェクトをはじめた頃。そのことばはとても嬉しくて、いつでも見直すことができる場所にも保存していたメッセージでした。でも改めて当時のやり取りがそのまま残った原文に触れると、また違ったように響くものがありました。

藤田さんは『「写真・身体表現・ことば」をかけあわせたもの』を、ZINEやささやかなウェブ(しっかりしたウェブは一人で作るのはとても難しいので)などの「メディア」に落とし込んでゆっくりと広めるという生き方ができるなあとずっと思っています。

「身体で表現する」ということは人間にとってとてもいいことだ思っていて。でも、世の中の人はだいたい身体を動かさない。動かす喜びを知らないし、あったとしてもスポーツばかり。社会人になるとより動かさなくなる。

それを、藤田さんの表現力をかけあわせて世の中に訴えるZINEがつくれたら、絶対に求めている人は実は多いと思うし、同じ考えを持つ「なかま」がでてくると思うんですよね。ちがうダンスのひととか、ちがうアート表現(写真ではなくイラストとか)のひととかで、同じ志向・思考の人とZINEで巡り会えたら、もう親友になるんではないか、と思うんです。そういうことを昨日言いたかったですね。

ダンスは身体を動かすもののなかでも「勝ったか負けたか」とか「得か損か」みたいな「あらそいごと」を基準として考えてなくて、ただただ「うつくしいものがそこにある。ありたい」ということで身体表現することですもんね。スポーツとかじゃなくて。健康の為の運動とかでもなくて。

身体表現については、表現活動をしていた訳ではなくて。がんになる前、舞台に関わる仕事をしていた関係でうん十年ぶりに通っていたバレエ教室の先生が「待っています」と声をかけてくれたという理由で復帰して。バレエとも言えないヘロヘロな状態で、リハビリとして細々続けていただけなのだけれど。

そんなリハビリのことも含めて「わたし」を見てくださっていた先輩がくれた「ささやかな」ということばは、ずっと大切にしてしています。

ささやか【細やか】
1 形や規模があまり大げさでなく、控えめなさま。
2 形ばかりで粗末なさま。わずかなさま。多く、謙遜して用いる。
(デジタル大辞泉)

「ささやかなメディアに落とし込んで、ゆっくりと広めるという生き方」

「ただただうつくしいものがそこにある。ありたい」

先輩ががんを公表してから数ヶ月。心配で毎日SNSを見つめていたのに、幾度もやりとりもあったのに、どうしてこの大切なメッセージのことを思い出せなかったのだろう。目の前の現実にことばが淀んでしまったことを悔やみました。この文章に綴っている気持ちを先輩に贈って、きちんとお礼を伝えたかった。それはわたしの勝手な気持ちだけれど、でと今も後悔があります。

先輩からもらったこのことばにはまだまだ届かないけれど、 伝えることができなかった後悔も含めて忘れないように、SNSにこの文章の元になる文章をそっと置きました。

すると他のクリエイターの方も「その先輩からいただいて嬉しかったメッセージがある」とご自身のことばで綴られていました。それは、わたしが大切にしていたことばとはひとつも重なるものがない「その人のために贈られたことば」でした。

まわりの方々一人ひとりに声をかけていた先輩のことばが、今もそれぞれの心の中にたくさんある。

「ひとり」に向けて紡いで手渡されたことばは、手にとった人の掌の中にずっとあって、何度でも触れなおすことができる。そして触れなおすたびに、心の中で生き続ける。

先輩が今改めて教えてくれた「ささやかなもの」の力。確かにのこっているそのことばを胸に、そのことばに向かって今日を生きよう。

そしていつの日か、先輩にも手渡せるような「ささやかなもの」を綴じることができたら、先輩の居る町まで会いに行こう。そんな気持ちで、先輩へ贈る花束のような気持ちで、この文章をここに置きます。

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Schedule

Event / Exhibition / WS
11/26「“大切なもの”を見つめるZINEワークショップ」-関西学院大学 人間福祉学部 (兵庫県西宮市)*closed
12/22  「20年の“大切”を綴じる」ZINEワークショップ -ピピアめふ(兵庫県宝塚市)

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記憶のアトリエ
11/9「記憶のアトリエ」in 幸ハウス(静岡県富士市)
「記憶のアトリエ」in 街の保健室(埼玉県蕨市) *2020年春予定
「記憶のアトリエ」 in トコテコ紙芝居小屋 (兵庫県宝塚市) *2020年春から季節ごとに開催予定
「記憶のアトリエ」 in 音川 (富山県富山市) *2020年夏予定