【Report】「記憶のアトリエ」in 宮城

2019年7月25日(木)13:00-16:30まで、宮城県仙台市宮城野区田子西にあるOpen Village ノキシタさんで「記憶のアトリエ」をひらきました。

ノキシタさんは、2019年5月にオープンした地域で暮らすみなさんの交流スペース、保育園やサポートセンター、就労支援のカフェなどがあつまる「ちいさなまち」。

2年前、東北工業大学  ライフデザイン学部の「生活とテクノロジー」という講義のゲストスピーカーにお声がけくださった佐藤哲先生がこのプロジェクトに関わっていらっしゃるご縁で、今回お伺いすることになりました。

zine-makinohama05
「掌の記憶」-牧浜 – (2016.8.25)

そもそも佐藤さんとの出会いは、今から3年前の2016年夏。わたしが絨毛がんの治療を終え、寛解して2年が過ぎた頃でした。

治療にのまれていた日々が少しずつ遠ざかる一方、まだまだ流産やがんのつらさを抱えた混乱の中にあった時期。そのつらさを振り切るように、あちこちの町で暮らす人の元を訪ねては「大切な記憶」を預かり「掌(てのひら)の記憶」という豆本に綴じ、記憶を集め続けていました。

今振り返ると、手製本を綴じる日々に自分の方が生きる力をもらっていたようなところがあります。そんなわたしのために「本に綴じてもいいよ」と、記憶を預けてくださった方々のやさしさが集まったものが「掌の記憶」なのだなと感じています。

そのうちの1冊が、つむぎやの友廣裕一さんの案内で宮城県石巻市の牡鹿半島を巡った旅の記憶でもある「掌の記憶」牧浜篇。その取材旅で牧浜を訪ねる前夜、友廣さんの紹介でお会いしたおひとりが佐藤さんでした。

戦前の日本の暮らしの知恵をアーカイブし、これから先の暮らしにいかそうという「90歳ヒアリング」のディレクター・デザイナーでもある佐藤さん。手製本に記憶を綴じていたわたしのささやかな活動にも関心を持ってくださり、その場で「90歳ヒアリング」で使用するヒアリングノートを1冊プレゼントしてくださいました。

大阪で暮らす祖父が93歳ということもあり、祖父の体調が良いときを見計らってノートを片手にヒアリングをしてはその欠片をSNSに置く日々。すると、その様子を見てくださった佐藤さんから担当されている講義のゲストスピーカーのお声がけをいただきました。そして祖父へのヒアリングと「掌の記憶」の紹介をするために、佐藤さんが受け持つ講義のゲストスピーカーとして仙台へ伺うことになりました。


「掌の記憶」- 杭全 – (2017.7.25)

当時のわたしは母校の社会福祉学科でしか講義経験がなく「デザイン専攻の学生のみなさんに一体何が話せるのだろう…」とハラハラしながらでした。ヒアリングの内容をまとめたノートと、豆本にした「掌の記憶」杭全篇、あとは今までに綴じてきたたくさんの手製本を抱えて仙台へ伺った記憶があります。

講義は2週連続で伺い、何かおはなしできたというよりは、こちらの方が佐藤さんや学生のみなさん、他のゲストスピーカーのみなさんからたくさんの気付きや視座をいただいた2017年の夏でした。

その後も佐藤さんとはささやかな交流が続き、オープン前の「ノキシタ」プロジェクトのことを教えていただいたり。オープニングに合わせてギャラリーで開催された「小さなモノ展」に花を添えるべく「掌の記憶」などの小さな手製本をお送りしたり。そんなやりとりを経て、ノキシタへ「記憶のアトリエ」をひらきに伺うことになりました。

今回のアトリエ旅は、3年前と同じくひとつむぎ舎の村上有紀子さんとの東北旅。仙台駅で佐藤さんと合流し、田子西にあるノキシタさんへ。

ノキシタのある田子西には、東日本大震災の後、住んでいた町を離れた方々が暮らす大きな市営住宅があるそうです。わたしが育った西宮でも、阪神・淡路大震災後にそれまで住んでいた町を離れた人たちがいらっしゃいました。起きた時期も震災の状況もまったく異なるものの、新しい町で暮らしを再建すること、そこで暮らす一人ひとりがつながる「コミュニティ」を育ててゆくことの難しさは感じながら暮らしてきました。

だからこそ、ノキシタさんのオープニングのチラシで綴られていた「軒下でつながるゆるやかな営みの場」ということばは、とても大切だなと。そんなことを考えながら伺いました。

桜ともみの木が1本ずつ立つ小さなお山があるお庭を中心に、軒下でつながった建物がくるりと囲んで連なる「Open Village ノキシタ」。

さをり織りの体験ができる織り機や、ご飯づくりがたのしめる広々としたオープンキッチン、持ち寄った本が集まるまちライブラリーの本棚もあるコレクティブスペース。大きな三角屋根が目印のギャラリースペースではヨガの体験もひらかれたり。ノキシタのまわりを巡るお庭の白い散歩道、てっぺんまで登れる小さな双子の山、山の向こうの静かな場所にあるグループホーム……佐藤さんの案内で、それぞれのこだわりや完成するまでの道のりに触れながら巡ります。

保育園、ショートステイ、グループホーム…それぞれの場所を利用するみなさんが安全に、安心して過ごせるように、でもゆるやかにつながりが感じられるように…細やかな配慮がそこかしこにありつつも、陽のひかりをたっぷりと感じる風通しのよい空間に緑がそよいでいました。

コレクティブスペースに戻って「記憶のアトリエ」の設営へ。この空間で、ここに集ってくださるみなさんとどんなことができるだろう? そのかたちの一つとして、病院や誰かのお家などさまざまな場所でひらいている本づくりの移動アトリエ「記憶のアトリエ」をひらいて、ノキシタのみなさんに体験していただくのが今回の目的でした。

中に入るとノキシタのみなさんがあたたかく迎えてくださり、アトリエスペースをつくるためにジャングルジムを動かしてくださったり、机や椅子もお借りしながら場を設えました。

お昼は就労支援カフェでもあるノキシタカフェ「オリーブの小路」さんのスープカレーセットをいただきました。地元のお野菜たっぷりのアツアツカレーでとっても美味しい。ふと時計を見ると案外時間が迫っていて、気づいた時には10分前。「アツイ!」「美味しい!」「間に合わない!?」「でもアツイ!」とみんなで大慌て。あんなにみんなでわいわいとご飯を食べたのは久しぶりでした。結局はギリギリ滑り込みセーフ?でアトリエオープンとなりました。

今回の「記憶のアトリエ」in ノキシタは、主にノキシタに関わるみなさんやご利用くださっている方々、そのご家族友人向けの小さなイベント。「記憶のアトリエ」はその第一部でした。

13:00-16:30が第一部「記憶のアトリエ」
17:00-19:00が第二部「ノキシタ にまちライブラリーの種を植える」はまちライブラリー提唱者の礒井純充さんと友廣裕一さんによるトークと、参加者のみなさんが持ち寄った本の植本。
19:00- は第三部として、集まったみなさんでの持ち寄りのご飯会。

ノキシタに関わるみなさんを中心に、仙台周辺でさまざまな活動をされている方々。6月にお世話になった石巻の「がん哲学外来日和山カフェ」のみなさんや、国立がん研究センターの「患者・市民パネル」で出会った秋田の「Third place AKITA」のみなさんなど、遠くから訪ねてくださったわたしの友人知人も…そこにたまたまカフェを訪れて合流してくださった地域の方々も混ざり、さまざまな方々が出たり入ったりの一日でした。

記憶のアトリエ」は、大切な記憶に触れ、綴じるひとときを贈る小さな移動アトリエです。いつもであればただただ本と本づくりの道具を並べるだけのゆるりとしたアトリエなのですが…今回はノキシタのみなさん向けに、アトリエをはじめた想いや他の町での「記憶のアトリエ」の様子をお伝えする「小さなおはなし会」もひらきました。

おはなしの中身は3つ。「アトリエのたね」として、アトリエをはじめた理由でもある阪神・淡路大震災の記憶、家族の病や自分のがん、社会福祉での学びについて。「大切な記憶」として今まで綴じてきて手製本の紹介。そして「考え続けるための営み」としてひらいているアトリエについて。訪れた人に「自分の気持ちを見つめる静かなひととき」を贈りたいという想いで結んで、いつもどおりの自由なアトリエの時間へと移りました。

おはなしの後ということもあり、「大切な記憶」を綴じる本づくりの体験に参加してくださった方もたくさん。

まずは大きな机の上に並べた大小さまざまな真っ白な手製本から、今日の記憶を綴じたい1冊を選びます。本を選んだら、本づくりの素材や道具に触れながら。みなさんの記憶を重ねながら素材や道具を手にとり、制作をはじめていらっしゃいました。

「記憶のアトリエ」に並んでいる色紙や押し花は、どれも遠くの町で暮らすわたしの友人・知人がアトリエ用にと贈ってくださった記憶の欠片です。それがアトリエにお越しくださったみなさんそれぞれの「大切な記憶」と重なり、真っ白な本の中に綴じこまれてゆく。その様子を見つめる時間は「記憶のアトリエ」だからこそだなといつも感じます。

本づくりのテーブルのまわりでは、離れた椅子に腰かけ展示していた本をじっくり読んでくださる方も。小さな手製本に、窓の外の景色をスケッチされている方もいらっしゃいました。

みなさんそれぞれの過ごし方ができるのは、一人になりしたい時にはひとりになれるだけの広さと、それでいて全体を包み込むあたたかさのある空間があってこそ。ノキシタさんもまた、そんな場所でした。

小学生の娘さんから、大学生、大人のみなさんまで。いつもよりは少し短めのアトリエでしたが、みなさんそれぞれに本づくりをたのしんでくださっていました。

「久しぶりに自分の時間が持てた」とおっしゃっていた方。「なんだか優しい気持ちになれた」とメッセージをくださった方。記憶の欠片に囲まれて、みなさんの制作の様子を見つめていたわたしがとても楽しそうに嬉しそうに見えたとメッセージをくださった方…。みなさんそれぞれが感じて、それをほんの少しでも触れ交わして。そんなアトリエの時間は、一人ひとりの記憶や想いのグラデーションに気づかされる、考える種をたくさんいただくような時間です。

アトリエの終盤、手製本を切り出した紙片で、ひとつむぎ舎の村上さんが豆本をつくってくださいました。小さな手書きのパラパラ豆本。種から芽が出て、花が咲いて、枯れて、また種から芽が出る。その小さな豆本は「記憶のアトリエ」の時間そのものなのかもしれません。

いつも記憶の欠片を寄せてくださるみなさん、そしてアトリエにお越しくださったみなさん、本当にありがとうございました。第二部や第三部も、うれしい再会や出会い、綴りたい一瞬がたくさんあったのですが…このレポートではひとまずここまで。「軒下でつながるゆるやかな営みの場」まさにそんな一日でした。

3年前のささやかな出会いからはじまって、今回ひらくことができた「記憶のアトリエ」in ノキシタ。お声がけくださった佐藤さん、そしてあたたかく迎えてくださったノキシタのみなさん、イベントでお会いしたみなさん、本当にありがとうございました。

またどこかの町でお会いしましょうね。


佐藤さんが撮ってくださったアトリエの様子

このページの内容