2014年3月3日。絨毛がんによる大量出血で搬送され、緊急止血手術を受けたあの日から丸6年が経ちました。子宮の外側の動脈から、1リットル以上の出血でした。
倒れたわたしに代わって救急車を呼んでくれた家族、病院まで搬送してくださった救急隊員の方々、夜中の緊急手術で止血してくださった執刀医をはじめ当直スタッフの方々。そしてその翌日から夏まで、40本続いた抗がん剤治療を支えてくださった主治医をはじめ医療スタッフの方々や家族友人…… 誰ひとり欠けても、今わたしはここにいないと思います。
止血手術の翌日、容体が安定したわたしと入れ替わるように、別の病院で危篤だった祖母が他界しました。そのことを知ったのは、それから3週間後のこと。病理検査の結果がんを告げられ、抗がん剤治療の2クール目が終わり、一時退院する前日でした。最後の最後、絶望の淵に立っていたわたしの背中を押すように逝った祖母の存在は、気持ちを持ち続ける力をくれたように思います。
増殖の早いがんを抑え込むために8クール続いた抗がん剤治療の副作用で、お通夜もお葬式も四十九日も出れなくて。ようやく参加できた初盆の法事のあと、家族がわたしのためにそのままにしてくれていた祖母の遺品と対面しました。
「おばあちゃん家の本つくるわ」おばあちゃんっ子で、祖母が誂えた昔の洋服や手料理が大好きだったわたしは、生前祖母とそんなちいさな約束を交わしていました。
仕事の合間に祖父母の家を訪れては、祖父母の思い出の品を引っ張り出して話を聴きながら撮影をはじめていた道半ば。
「自分もいつまで生きられるかわからないけれど、祖母の記憶だけはきちんと綴じよう」そんな気持ちで、約束だけは守りたいと祖母の記憶を綴じはじめたのが、今日まで続けている「大切な記憶」を手製本に綴じてのこす制作活動の原点です。
当時は抗がん剤の副作用で痩せてぺしゃんこになってしまい、カメラも持てない状態。スマホを片手に1枚撮っては疲れて横になり……を繰り返して何とか綴じた祖母の記憶です。
その手製本をみたギャラリーのオーナーさんから声をかけられ、祖母の遺品と制作した手製本をギャラリーに並べたのが5年前の1月。その時展示に来てくださったみなさんの家族の記憶を預かるようになり、そのうちに「大切な記憶」ということばのもと、記憶預かり本に綴じて贈る「掌の記憶」という旅する本づくりをはじめたり、「記憶のアトリエ」という記憶を綴じる本づくりのアトリエをはじめたり。気がつけばがんになって丸6年が経ちました。
「掌の記憶」は洋裁家だった祖母が遺してくれたアンティークボタンを販売して得た資金で制作を続け、「記憶のアトリエ」は印刷会社さんや友人から分けてもらった紙や文房具をトランクに詰め込み……誰かから譲ってもらったものに助けられながら、今日までささやかに続けています。
そんなこんなの6年目は、今までの5年とはまったく違っているような気がします。めまぐるしく変化する世の中の状況とともに、なくなるものやできなくなってしまったことの報せを見聞きする日々。
6年前、抗がん剤治療による骨髄抑制の不安に苛まれた一人としては、この状況下で抗がん剤治療を続けているみなさんはどれだけ不安だろうと。がんに限らずそのような状況の方はいらっしゃって、病気でなくても学校やお仕事などそれまで当たり前にあった「大切なもの」が突然なくなってしまうことがもたらす不安も、家にこもる時間が長くなることの閉塞感も、6年前の記憶と重なります。
今社会が直面している状況に対してできることは、自分が罹患しないように広めないように努めることくらいしかありませんが、それ以外で何かできることはないかなと。
そんなことをぼんやり考えていた昨日、友人からお花をもらいました。ふわふわのミモザの花。わたしのためにと選んでくれた気持ち。こんな時だからこそ「ほんの気持ち」がとってもうれしい。
たわわと咲いたこのお花を誰かにおすそわけしたくて、せっかくなのでわたしも何か贈ることができる「ほんの気持ち」はないかとアトリエの中を見回しました。すると、アトリエの棚の奥から少し前に綴じたまっしろな手製本が20冊出てきました。大学や地域でのZINEワークショップ用に綴じて少しずつ余って置いていたもので、どれも色柄かたちが違いますが……このメッセージを読んで、もし何か綴ってみたい記憶が思い浮かんだ方、本を贈りたい誰かが思い浮かんだ方がいらっしゃっれば、お一人様1冊、先着20名様ですがお贈りします
①お名前
②ご住所 (普通郵便でお送りできるご住所をお知らせください)
③ご希望の手製本のNo.
をmichi-siruve Webのお問い合わせフォーム へメッセージください。先着順ですので、ご希望の手製本の贈り先が決まっている可能性もあります。20冊すべて贈り先が決まりましたら、今回の「ほんの気持ち」は一区切りとさせていただきます。
数に限りがありほんの少しですが、いのちを助けてもらって6年の節目に、ほんの気持ちとして。
手製本は下記の通りです。(画像の下のリンク先には、本のサイズなどの目安が載っています。ページ数などは多少異なるものもありますので届いた時のおたのしみということで)
ほんのひととき、本や記憶と触れ合うときをお贈りできたらと思います。
全ページに隠し扉がついた小さな手製本『hiraku』
※写真左から
①エメラルドブルー / ②ライム / ③リーフ / ④ピンク / ⑤小鳥
“ワク”におさめてたのしむ小さな手製本『waku』
※写真左から
⑥藁/ ⑦ブラック×グレー / ⑧グレー×ブラック / ⑨ホワイト / ⑩ライトグレー(奥)
『waku』変形判 (『waku』より少し小さい長方形)
⑪紅茶染め(上) ⑫珈琲染め(下)
ましかくをおさめる小さな手製本『shikaku』
※左からじ⑬ブラック / ⑭生成り / ⑮ ホワイト
白いじゃばら豆本『shiro』
※左から4冊は『shiro』より一回り大きなポチ袋サイズ
※左から⑯藁(ポチ) / ⑰ライトグレー(ポチ) / ⑱ブラック(ポチ) / ⑲ホワイト(ポチ) / ⑳ホワイト(shiroサイズ)
き‐もち【気持(ち)】
(デジタル大辞泉)
1 物事に接したときに心にいだく感情や考え方。
2 ある物事に接したときに生じる心の状態。気分。感じ。
3 物事に対しての心の持ち方。心がまえ。
4 からだの状態から生じる快・不快の感じ。気分。
5 相手に対する感謝の心や慶弔の意などを表す語。ふつう謙遜していうときに用いる。
6 (副詞的に用いて)ほんのわずか。