「時(とき)」#掬することば

今から13年前、大学4年生のお正月から何となく続けている今年の一文字。

2006年 凛(りん)
2007年 彩(いろどり)
2008年 道(みち)
2009年 生(いきる)
2010年 創(つくる)
2011年 挑(いどむ)
2012年 感(かんじる)
2013年 編(あむ)
2014年 磨(みがく)
2015年 理(ことわり)
2016年 繋(つなぐ)
2017年 響(ひびき)
2018年 深(ふかめる)
2019年 澄(すむ)
2020年 開(ひらく)
2021年 切(せつ)

(凛から理までの理由はこちら

2022年は「時(とき)」という一文字に決めました。

実は昨年、2021年に掲げた「切(せつ)」の一文字についての文章のなかで、こんなことを綴っていました。

今もまだ本当に表現したいところには届かない日々ですが、身に沁みて感じる“切なるもの”を、手製本という術に助けを借りて「あわらす」ということはできるようになってきた気がしています。そしてそれは、向き合い続けてきたからという以上に、ただただ「それだけの時が必要だった」のだとも思います。

「切(せつ)」#掬することば

― ― それだけの“時”が必要だった

1年前、“時間”ではなく“時”ということばを選んだその一文に、流産をともなうがんを経験したそのあとの日々で感じてきた、周囲との“時”のずれをことばにする手がかりがあるような気がしました。

2022年はこの8年で感じてきた “時” と “時間” についての記憶を掬いあげ、見つめなおし、考え続ける1年にしたい。まずはいつもどおり、辞書の力を借りてことばの持つ意味に触れなおしました。

とき【時】
1 過去から現在、現在から未来へと、一方的また連続的に流れていくと考えられているもの。物事の変化・運動によって認識される。時間。
2 時法によって示される、1日のうちの特定の時点や時間帯。また、その時法に基づく単位時間。時刻。
3 時間の流れの一点。時刻。また、時刻を知らせること。
4 ある時期。
㋐関心がおかれている時代や年代。ころ。
㋑季節。時候。
5 時勢。世の成り行き。
6 何らかの状況を伴った、時間のひとくぎり。
㋐さまざまな状況を念頭に置いた、不特定の時期。場合。
㋑状況が明示できない、漠然とした時期。

㋐ちょうどよい機会。好機。
㋑(「秋」とも書く)重要な時期。
8 わずかな間。一時。また、当座。臨時。
9 定められた期日。期限。
10 (行為や状態を表す連体修飾を受けて)
㋐ある状態になっている時点や時期。
㋑ある状況を仮定的に表す。おり。場合。
11 (「どき」の形で接尾語的に用いて)まさにその時期。また、それにふさわしい時期。
12 「時制 (じせい) 」に同じ。
13 陰陽道 (おんようどう) で、事を行うのに適した日時。暦の吉日。
14 天台・真言などの密教で行う、定時の勤行 (ごんぎょう) 。時の修法。

デジタル大辞泉

じ‐かん【時間】
1 ある時刻と他の時刻との間の長さ。ある長さをもつ時。
2 時の流れの中の、ある一点。時刻。とき。
3 時の長さを数える単位。時 (じ) 。
4 授業や勤務など、ある一定の区切られた長さの時。
5 哲学で、空間とともにあらゆる事象の最も基底的、普遍的な存在形式。また出来事が継起する形式。
6 現象が経過していく前後関係を明示するための変数。古典力学では空間に対する独立した変数と見なされたが、相対性理論では空間とともに四次元の世界をつくるとされる。

デジタル大辞泉

“時” と “時間” 。同じような意味も含んでいるこの2つのことばは、同じように捉えられ、使われていることも多いように思います。でもこうして触れなおすとやはり違っていて、その違いこそがこの8年がん経験者として苦しんできたことにつながっているような気もしています。

今振り返ると、わたしが流産の手術やがんの治療を受けた産婦人科という空間は、ことさら時間が切実である空間でした。母子の命を救うために、1分1秒を争う空間。がんの治療においても罹患した絨毛がんは進行が早く、いっそう時間に迫られることの連続でした。

ある出来事から「どれだけ時間が経過しているのか」という視点で迫られることもあれば、「あとどれだけ時間が残されているのか」という視点で迫られることもありました。

とにかく目標とされた時間の扉が閉まってしまうまでに駆け込む。患者のわたしが出来ることは、どれだけつらくても走り続け、周囲の時間に対する期待に応え続けることでした。

時間に追われた患者が次々と押し寄せるその空間では、自分の“時”のことなど考える余地はありません。与えられた僅かな時間で期待に応え続けるうちに、徐々に苦しくなっていきました。

治療を成功させるため、再び命を育む可能性を残すためにはさまざまな時間の制限がある。その時計の針の音は患者であるわたしにも聞こえていましたが、時間に追われるように回復を強いられことで、抱えているものを打ち明けることが難しくなり、どんどんと苦しくなってゆきました。

抗がん剤治療を受けた最初の1年は、生きるためには期待に応えるしかない。それが自分の役目なのだと必死に頑張ることができましたが、そのあとの日々をずっと期待に応え続けることはできませんでした。

もちろん、人間の体や心には回復する力があることは理解していて、そうあれたらと今も思っています。回復へと導く周囲のサポートがその力を引き出すきっかけになるだろうし、治療の場でそれが提供されることは必要なことだと思います。そして、回復する力があることや実際に回復した物語を社会に伝えてゆくこともまた、大切なことだと思います。

一方で、特に若い世代でがんになると、周囲の期待はいっそう強いものになることも感じました。がんが身近でなかった人ほどメディアによって切り取られた物語に感化されるのか、こんな物語があったと送られてくることも少なくなく、同じような回復を求められているようで、期待に応えられないことが申し訳なくなる一方でした。

時間の経過とともに回復することを望む周囲と、時が経ちやっと知覚できる痛みや時が経つほどに疼くものを抱えこんだわたし。“時間” と “時” というずれがもたらすものは、月日が経つほどに大きくなっていったように思います。

そんなわたしを助けてくれたのは、“時間”に縛られず、その人の“時”があるということを大切にしているものや人、場所の存在でした。

どれだけ時間が経っても、昨日のような今日として続いてゆくものもある。時には時間が経つほどに苦しくなってゆくものもある。長い時間をかけてやっと知覚し、表現できることもある。

音楽、本、花、イラストレーション、映画。お守りのように聴き続けたり、手元に置いたり、読みなおしたり、観続けていた作品は、それぞれの“時”を感じるものばかりでした。

自分ではない誰かの手で生みだされた作品や作り手との出会いと対話のなかで、異なる経験のなかにある重なるものを見いだし、抱え込んでいたものを分かち合う時を重ねる。作品というものを通して“時”を重ねるなかで、自分の“時”も少しずつ取り戻すことができるようになったのかもしれません。

“時”を重ねるなかで大切にしてきた“記憶”ということばや、それをおさめる手製本、移動アトリエという場は、わたしなりに 自分や目の前の一人の“時” を大切にするための術なのだとも思います。

“時間”に対する期待に応えられなくなったあの日から、少しずつ自分の“時”を取り戻し、流産をともなうがんを経験してから8年という月日を経た2022年。タイミングが重なり7年ぶりに引っ越しをしたことで空が近く明るくなり、日々の暮らしのなかでも“時”を感じやすくなりました。

michi-siruveの活動でも、2022年は8年という時を重ねた今のわたしの声を届けるような機会をいくつかいただいています。

まだまだ不安定な日々が続きますが、そんななかでも一つ一つのご依頼に真摯に向き合い、依頼者のみなさんとともに“時”を感じ、見つめ、考える一年にできたら…。そんな気持ちもこめて、「時(とき)」という一文字を掲げます。今年もみなさん、よろしくお願いいたします。

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