【Report】「記憶のアトリエ」in 兵庫

2019年8月30日(金)と31日(土)11:00-18:00 まで、兵庫県内にある“紙芝居小屋”で 「記憶のアトリエ」 をひらきました。

今回のアトリエをひらいたこの小屋のオーナーけいこさんは、県内にある心療内科のクリニックで10年以上 、来院者のおはなしを聴くことを続けていらっしゃるカウンセラーさん。ご夫婦で紙芝居ユニットとしても、福祉施設や保育園などさまざまな場所で紙芝居を上演されています。

「カウンセリングも、紙芝居も“おはなし”という共通点がある」とおっしゃるけいこさん。“おはなし”を聴く、読む、つくる、声に出して届ける…どの時間も好きで「“おはなし”のそばに居たい」というけいこさんが、ご自宅の離れをリノベーションして生まれた小さなアトリエが小屋です。

桜の木がそっと立つお庭を望む、縁側のある小さな平屋。畳と縁側から射す陽の光があたたかな空間には、紙芝居ができるようにと流木を組んでつくった大きな木が2本あります。

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けいこさんとの出会いについては、2018年冬のアトリエレポートに詳しく綴っていますが、2018年から主に病院などでがんを経験された方やご家族、ご友人のみなさまがゆっくりと過ごせる場としてひらいてきた「記憶のアトリエ」に共感してくださり、一緒にアトリエをひらくことに。

けいこさんとは「がん経験の有無に関わらず、“大切な記憶”に触れ、綴じるひとときもお贈りできたらな」と、どなたでもお越しいただけるアトリエとして2018年冬に初開催しました。

そのアトリエがわたしたちにとっても心地よく、日常よりも少しだけ深いところを見つめるようなひとときに。「来年は春夏秋冬と季節ごとにひらけたら」というおはなしになり、春のアトリエはお庭の桜が咲くころに。そして夏のアトリエは夏の終わり、8月最後の2日間の開催になりました。

以前「記憶のアトリエ」の“記憶”についてという文章でも綴ったとおり 「記憶のアトリエ」は、michi-siruveが「“大切な記憶”に触れ、綴じるひとときをお贈りしたい」という気持ちからはじめた小さな移動アトリエです。

アトリエには、わたしが今まで預かってきた「誰かの大切な記憶」を綴じた小さな本や「ご自身の大切な記憶」を綴じることのできる本づくりの道具や素材が並んでいます。そしてそれらと一緒に、アトリエをひらく場所やお家の「大切な記憶」も、少し一緒に置いていただくようにお願いしています。

このアトリエでは、設えはけいこさんにお任せ。その時々の季節柄や感覚で空間を考えながら、夫の愛雅さんと一緒に場をつくってくださっています。いつも細やかな、かつちょっぴりユーモアの種も交えた記憶の欠片を並べて設えてくださっていて、訪れる度に少しずつ違う記憶が迎えてくれます。

夏のアトリエでは、縁側にオブジェが登場。以前西淡路希望の家で紙芝居をされた時に、みなさんさんからいただいた贈り物だそうです。オブジェの浮かぶ向こうには、緑溢れる夏のお庭が広がっていました。

お庭を眺める縁側には、小さな机と椅子が2セット。床座がしんどい方でも楽にお座りただけるように、新たに椅子座をつくってくださいました。本づくりの素材や道具も、ゆっくりお選びいただけるように。今回から縁側の木箱の上にひとまとめにしました。

アトリエの中にある大きな木の下には、トコテコの紙芝居やけいこさんがアトリエのために選んで並べてくださった「旅したい本たち」が。「Bring me with you」とあるとおり、本は気に入っものがあれば自由にお持ち帰りくださいという本棚です。

窓際にも本や作家さんの作品たち。くるりと回って木の向かい側にある棚には手製本を並べ、記憶の欠片がくるりとアトリエを囲み、見たり触れたりしやすいようになっていました。

その記憶の合間で微笑んでいる、小さなお花や緑。そんなけいこさんの「設え」が、わたしも含めてアトリエにいる人の心にじんわり届いて、夏のアトリエの空気をつくってくれていたように感じています。

「アトリエは予約が必要ですか?」「何をするイベントなんですか?」アトリエの存在を知った方から、お問い合わせいただくことあります。

わたしとしては「イベント」というつもりもなくて。縁があって呼ばれた場所に伺い、トランクに詰めこんだ本や本づくりの道具を並べて、静かに1日を過ごす。ちいさな旅のようなひとときです。ご予約も不要、何時にお越しになっても、何時お帰りになっても、何をして過ごしても自由です。場所によってはclosedなアトリエもあれば、がんを経験された方やご家族、医療や福祉に関わる方々が集まるアトリエもあります。

ひとつだけ共通して心がけているのは、お越しくださったみなさんが気持ちよく、安心してお過ごしいただけるような場であること。そのために「記憶のアトリエで大切にしていること」という文章を手渡し、この想いを同じように大切にしてくださる方とだけひらくようにしています。

病院のがん患者サロンなどでよく見かけるような「禁止事項」を掲げてしまえば楽なのですが、そのようなこともできればしたくはなくて。やんわりぼんやりと書いていますが、大切にしていることの根底にあるのはお越しくださったみなさんに“何か”を強要しないこと。

あとはお声がけくださった方と相談しながら、お越しくださったみなさんの想いを伺いながら。いつもその場、そのときに「ちょうどよいかたち」を考えながらひらいています。今のところお越しくださった方が他の方に何かを強要したりということもないので、このゆるやかなかたちをまもりながら続けていけたらと考えています。

ここはアトリエよりも一番ゆるやかに、経験や立場に関係なくどなたでもお越しいただるアトリエです。毎回けいこさんと「どうすればお越しくださったみなさんがゆっくりお過ごしいただけるかな?」と、細やかに打ち合わせをしながらひらいています。

おひとりでいらっしゃる方、ご家族やご友人、職場の方といらっしゃる方。病気などを経験された方やそのご家族、医療や福祉、教育など人のいのちと向き合うお仕事をされている方……いろんな方がいらっしゃいます。縁側でおはなしをされている方、木の下で本を読んでいらっしゃる方、アトリエの道具と素材を覗きながら本づくりをされている方……過ごす時間もそれぞれです。

今までは「1日限り」の開催だったのですが、時間が過ぎるのが本当にあっという間で。わたしたちが名残惜しいので、今回からは2日間の開催にしてみました。金曜日と土曜日と。結果的にはどちらの日にもいろんな方がお越しくださり、それはそれはたのしいひとときでした。今回もその記憶の欠片を少しだけ、写真とともにご紹介します。

1日目は偶然に、何かご自身の手でものづくり、作品づくりをされている方々があつまりました。アトリエにと寄付してくださったひまわりの押し花、古い学習ノートをアップサイクルした試作ノート、お願いしていたシルクスクリーンの絵本作品……みなさんいろんな記憶を持ち寄ってくださり、時折交換しながら。

この日は「Interlocking Tab Album」という不思議な手製本の方法をお伝えするお約束をしていて、その場にいらっしゃったみなさんも一緒に体験することに。用意していた紙片をつかってミニレクチャーをひらきました。

製本の手順を紙片でつくった小さな手製本に綴ってくださっていたのですが、書きすすめていると虹色の似顔絵が。2週間前、富山のアトリエで豆本に絵を描いていたこどもたちが、そのまましまってくれていたようです。あたらしい豆本をお渡ししようとすると「かわいいからこれでいいですよ」と、虹色の絵をジャンプしてそのまま使ってくださっていました。

そのうちに、みなさん豆本の詰まった小箱を手にとり虹色のあと探しに。子どもたちが描いたドローイングを小鳥に見立てて豆本をつくってくださっていた方もいらっしゃいました。

「使いかけの豆本」ではなく「記憶の欠片が宿ったとっておきの1冊」。そんな風に本を扱ってくださる様子が「記憶のアトリエ」としてたのしんでくださっているなとうれしくなった瞬間でした。

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5年後の手紙」も、つくりかけをそのまま展示していました。まだ制作途中で、真っ白な手製本だけ完成している状態。今日までにいただいたお手紙を本の中に仕舞って、そっと置いていました。(手紙の中身は触れられないようになっています)

興味を持って声をかけてくださった方には、どんな本なのかを説明しながら。この本はもう少しあたためながら、アトリエと一緒にいろんな町を旅しながら。じっくり育んでいきたいなと思っています。完成は、1年後か2年後か…そのくらいじっくりになりそうな予感です。

2日目は土曜日ということもあり、いっそう賑やかに。居合わせた人たちが、実は共通の友人がいたり、アトリエにと手づくりの贈り物をくださったり、1年前のアトリエで置いて帰ってしまった忘れものをおかえししたり…おはなしの花も咲きながら、そのあとはまた、それぞれ思い思いの時間になりました。

分厚くふくらんだ「私のおきに入りのしゃしん」という手製本。5月に神戸のチャイルド・ケモ・ハウスさんで開催したAYA’s Journey JAPANのピアサポートプログラム「あなたのJourneyを小さな手製本に綴じてみよう」のワークショップに来てくれた女の子が、おかあさんと一緒に完成した手製本を持ってきてくれました。

入院治療中の思い出から、退院後のTSURUMIこどもホスピスでの思い出まで。写真に1枚1枚に封筒が添えられていて、中にメッセージが綴られています。お気に入りの写真にアトリエの色紙やマスキングテープを組み合わせて、封筒のメッセージは指1本でもふわりと引き出せるように。細やかな思いやりが散りばめられた、思い出の宝箱のような1冊になっていました。

1枚1枚の写真のエピソードを聴きながら、今までの人生の旅路(JOUENEY)に触れながら。完成した本とともに再会できるひとときは、何よりもうれしい時間です。

わたしたちが本を読んでいる間も、黙々とあたらしい手製本を。この夏、北海道で再会したお友だちにプレゼントする手製本だそうです。そのあとは、敬老の日にプレゼントする『かくれんぼしよ』という小さな絵本を。大切な記憶や、ちいさなおはなしを「本に綴じて贈る」。そんな風に、気持ちを贈る術として本づくりをたのしんでくれているのがとてもうれしかったです。

もう一組「記憶のアトリエ」がずっと気になっていて、とお越しくださったおかあさんと女の子。女の子は棚に飾っていた「こてがみ帖」のサンプルを見て「これがつくりたい!」と、封筒いっぱいの豆本に挑戦。お気に入りの封筒を選んで、黙々と完成させていました。おかあさんも、押し花の束に触れながら、丁寧に本に綴じていらっしゃいました。

日も傾いてきた頃、アトリエにけいこさんの夫の愛雅さんがいらっしゃいました。いつもアトリエの設えや、大荷物を抱えたわたしの移動を助けてくださっているのですが、本づくりにお越しくださるのは初めてのこと。

縁側の小さな机に腰かけ真っ白なじゃばらの豆本を手にとると、下書きもなしですらすらとおはなしを描かれていました。タイトルは『夜の汽車』。愛雅さんとおじいさまの、ある夜の記憶を綴った小さな絵本でした。すすむ列車、すすむお酒、どんどん大きくなる三日月が小さなじゃばらに連なります。

これにはけいこさんもびっくり。思わずこぼれた「おはなしして聴かせてよ」という一声で、その小さな絵本の読み語りがはじまりました。お酒が大好きだったおじいさまと一緒に乗った夜の汽車。紙芝居師でもある愛雅さんの、深くあたたかい声が紙芝居小屋に静かに響きます。

読み終わると、裏表紙に「じーちゃん、おやすみなさい」の一声を添えて、本を綴じた今日の日付を。けいこさんに手渡して颯爽と夜の帳の向こうへ帰っていかれました。手元にのこった絵本を見つめながら「何度も聴いていたおはなしだけれど、絵本になると全然違うのね」とつぶやくけいこさん。

アトリエのみなさんも、会ったことのない「じーちゃん」を、乗ったことのない「夜の汽車」を、見たことのない「その夜の月」を、愛雅さんの声の余韻とともに思い浮かべていたような気がします。

今回のアトリエは2日間ということもあり、けいこさんも思い出の写真を持ち込んで、アトリエの隅っこで本づくりをされていました。

息子さんが滞在していたバンクーバーへ、愛雅さんと旅したこの夏の記憶。写真を1枚1枚見つめながら、今までのアトリエでお越しくださったみなさんから教わった本づくりのアイデアを活用しながら。旅先で出会った食べ物の思い出を、手製本に綴じていらっしゃいました。

最後に、どうしてもご紹介したかった夏のアトリエの記憶。このレポートに登場した「私のおきに入りのしゃしん」という手製本を綴じてくれた女の子、小児がん経験者の北東紗輝ちゃんが「記憶のアトリエに」と、手描きの絵を山ほどプレゼントしてくれました。

2018年11月に奈良のgallery OUT of PLACEさんで開催された「ホスピタルアート in ギャラリー」にも絵を出展していた紗輝ちゃん。わたしにもおかあさんにも内緒で、描きためた小さな絵を1点1点切り分けて持ってきてくれたのでした。

小人、小鳥、ねこ、おひさま、おはな、音符……どれも、見ているこちらが思わず笑顔になるような微笑みで。机いっぱいに広がる微笑みに、居合わせたみなさんも思わず笑顔になりました。

本に貼りやすいように小さく切り抜いていると、隣にいた看護師さんも手伝ってくださり「かわいい」「かわいい」とみんなで笑いながら、どんどん切り抜きの山が……みなさんが制作されていた豆本や看板に、紗輝ちゃんの描いた笑顔が広がります。おかあさんにも「紗輝ちゃんの絵でおはなしをつくってもらえませんか?」とお願いすると、こんなにすてきな豆本ができました。

この本1冊でも、みなさんに笑顔が届けられるような気がしています。

そんな紗輝ちゃんとはこの絵をつかって、10月19日(土)15:00-18:00まで、一緒に「記憶のアトリエ」をひらくことになっています。(当日会場での予約制、参加費は全額寄付に)アトリエをひらく場所はリレー・フォー・ライフ・ジャパン 大阪あさひの会場。紗輝ちゃんにとって大切な場所です。

詳しいご案内はまた改めて綴りますが、紗輝ちゃんの描いた笑顔がいっぱい広がる「記憶のアトリエ」も、ぜひ遊びにいらしてください。

そんなこんなで2日間開催になり、触れ交わした記憶も2倍になった「記憶のアトリエ」。夏の終わりの忘れらない記憶となりました。

いつも綴っていることですが「記憶のアトリエ」は「大切な記憶に触れ、綴じる」ということばだけを置いた空間です。お越しになる方々の経験や立場もそれぞれ。「はじめましての方が、小さな空間で気持ち良くともに過ごす」ということが成り立つのは、そこに集われたお一人おひとりが、お互いへの小さな思いやりを持ち寄ってお過ごしくださってこそだといつも感じています。

今回もお越しくださったみなさんが笑顔で居て、笑顔で帰ってくださったのは、他の誰でもないみなさんのおかげさま。そして心地の良い空間をひらいてくださったオーナーのけいこさんのおかげさま。 アトリエを終えていつも感じることですが、本当に有り難く、かけがえのないことだと感じています。

この小屋では、また来年春頃に開催の予定です。ご案内は、また改めて。本と記憶とともにお待ちしています。

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